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『母なる証明』ポン・ジュノが炙り出す普遍的な愛の狂気  ※ネタバレ注意

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『母なる証明』ポン・ジュノが炙り出す普遍的な愛の狂気 ※ネタバレ注意

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※本記事は物語の結末に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。


『母なる証明』あらすじ

漢方薬店で働きながら一人息子のトジュン(ウォンビン)を育て上げた母(キム・ヘジャ)。二人は貧しいながらも、母ひとり子ひとりで懸命に生きてきた。息子は、内気だが朗らかな純粋な青年であった。ある日、二人が住む静かな街で凄惨な殺人事件が起きる。一人の女子高生が無惨な姿で発見されたのだ。事件の第一容疑者として、トジュンの身柄が拘束された。彼の無実を証明するものは何もない中、事件の解決を急ぎ警察は形ばかりの捜査を行い、トジュンの逮捕に踏み切ろうと画策する。一方、弁護人はやる気もなく、有罪判決は避けられないように見えた。無実を信じる母親はついに自ら立ち上がり、息子の疑惑を晴らすため、たった一人で真犯人を追って走り出す。



 産まれたばかりの赤ちゃんを初めて父親に対面させる際、「お父さんに似ていますね!」と声をかける看護師が多いそうだ。これは、母親は妊娠後、つわりや体調変化、大きくなるお腹、痛みを伴う出産などで、身をもって「自分の子供」だと実感するのに対し、父親は実感できる肉体的な体験が無いため、愛情が希薄になりがちになるからとのこと。逆に言えば、逃げることの出来ない肉体的な体験を通じて我が子を実感する母親の愛は、生来的に深く強いのである。


 映画『母なる証明』(09)では、知的障害を持つ青年が殺人容疑にかけられ、その「母」が息子の無実の罪を晴らすべく、独自に捜査を進めていくのだが…。


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オープニングに秘めた意味



 乾いた色に染まる枯野の広がる丘。遠くから「母」が歩いてやってくる。時間をかけてカメラの前まで来ると立ち止まる。周囲の枯れた葉がザワザワとたてる音の中に「ブウウウン」と蠅の羽音が一瞬聞こえた刹那、「母」が踊り出す。


 目を隠し照れるように微笑むと後悔したような表情に変わる。口を覆いながら、クルリと背を向けて踊り続ける。カットが替わり、日の暮れかけた濃い青い空の下で、起立した「母」が手を服の中に隠すと、タイトルが現れる。『母なる証明』オープニングである。


 漠然としたイメージに思えるが、それぞれに劇中の情景が重なる。枯野は「母」が真相を突き止め、犯行を行った後に彷徨い出る場所だ。突然始まる踊りに「母」の狂気を重ね、蝿の羽音に死を予感させ、セックス目撃への照れで目を隠し、口を閉ざし背を向けて慚愧の思いを込める。そしてタイトルバックでは犯行を犯した手を隠す。


『母なる証明』予告


 隠喩を重ねて映画全体を統括したオープニングだが、本編にも同様の隠喩は散見される。特に映画の序盤、友人ジンテに会いに行くと家を飛び出していった息子のトジュンに薬を呑ませるため、お椀になみなみと注がれた薬をもって「母」が追いかけていく場面などは、それが顕著だ。


 バス停の前で立ち小便をしているトジュンに追いつくと、「母」はしばしその様子(と、トジュンの性器)をジっと見つめ待っているが、止まらない小便を待ちきれず、お椀をトジュンの口へあてがい薬を呑ませる。カメラは俯瞰ぎみにトジュンの口へ流しこまれる薬と、流れ出る小便を同時に捉える。「母」が口へ「薬」=「愛情」を注ぎ込みながらも、トジュンは下からジョボジョボと垂れ流しているという、2人の関係性を象徴するシーンである。


 この場面には、アルフレッド・ヒッチコックがフランスの列車移動の途中で見かけたという、あるカップルの情景が重なる。駅を通過するためにゆっくりと走行する列車の車窓から、工場の壁に向かって立つカップルがヒッチコックの目に留まる。一人は立ち小便の最中で、もう一人はその横に腕を組んで身を寄せて立ち、流れる小便(おそらくは性器)をジっと見つめていた。


 人間にとって汚い排泄の瞬間でさえ共有し離れない2人に、ヒッチコックは深い愛を感じ、ここから『汚名』の伝説的なキスシーン(自主規制によりキスは3秒までと定められた条件を逆手にとり、会話や抱擁、電話の合間に3秒以下の短いキスを繰り返し、都合2分以上の長いキスシーンを作り上げた)を着想したそうだ。


 『母なる証明』では、小便を終えて駆け出して行くトジュンを見送った「母」は、小便を靴で排水口へ寄せ、壁についたシミを近くのブロックで隠す。この「立ち小便の隠蔽」は「母」のトジュンへの「愛」を描くと同時に、「母」がトジュンの犯行を隠蔽する場面の隠喩でもある。




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