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『密輸 1970』欲望ギンギラの海、そして太陽【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.57】

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『密輸 1970』欲望ギンギラの海、そして太陽【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.57】

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 めっちゃ気に入りました。文句なく面白いです。これは韓国で優れたエンタメ映画を撮ってるリュ・スンワン監督のスマッシュヒットですね。


 リュ・スンワン監督は近年では『モガディシュ 脱出までの14日間』(21)が面白かった。ソマリア内戦に巻き込まれた韓国と北朝鮮の大使館員たちが困惑し反目しつつ、最後は力を合わせて危地を脱出する物語。ストーリーのアウトラインを言っただけで、アクションシーンあり、笑いあり感動ありの娯楽作品が思い浮かぶでしょう。この監督さんは社会問題や時事ニュースのような事柄に「映画のタネ」を見つけるのがとても上手い。


 『密輸 1970』(23)のタネは「1970年代の韓国の沖合で密輸犯罪が盛んに行われていた」という史実です。韓国の1970年代はパク・チョンヒ大統領の長期政権でも最も独裁色の強かった時期ですね。状況的には自己クーデターや憲法改正で権力を肥大化させ、民主化運動を抑圧したタイミングだと思います。そんな時代にお上の目を盗んで、地方の港町沖合で海女たちがばんばん密輸犯罪するんだなぁ。冒頭からグッとつかまれます。海女たちは海産物を獲るテイで、秘かに海中に沈められた密輸品を引き上げ、漁船に積み込む。


 その眩しさです。海。太陽。海女たちの肢体。往時の韓国大衆歌謡。犯罪。金。抑圧のなか、したたかに生き抜く「悪党」の自由さ。劇中、この港町は「クンチョン」って呼ばれていて、僕は試写会の帰り、iPhoneで検索したんですよ。イメージ的には済州島かなぁ。一応、韓国で海女さんっていったら済州島ですよね。チャンスがあったら(済州ユナイテッドFCのサッカー観戦? 今なら日本人選手の吉尾海夏がいますね)、ついでにロケ地行ってみたいなぁと思った。


 そうしたら「クンチョン」は韓国西海岸(全羅道のどこか?)という設定の、実在しない町だったんです。制作スタッフが韓国じゅうの港町、漁村をロケハンして、70年代レトロを漂わす郷愁の町をこしらえた。この、「クンチョン」がいい感じなんですよ。僕はホントに行ってみたいと思った。70年代レトロ感っていうけど、それがリアルに50年ぐらい時代のかかった寂れた代物じゃ映画には使えない。現役の「70年代レトロ感」をリメイクしたんですね。近くに工場ができて海産物が獲れなくなった田舎町。登場人物はみんな「悪いやつ」。こすっからいのや、ウソつきで欲望ギンギラのや、色んな登場人物がいるけど、とにかくみんな悪い。その登場人物たちが欲にかられて暴れまわる「舞台」、呼吸をする「空気」がリメイクされた。



『密輸 1970』© 2023 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K. All Rights Reserved.


 どの程度、ネタバレが許されるのかなと思うんですが、とりあえず手元の映画宣伝チラシに「平凡な海女×カリスマ密輸王×野心家のチンピラ×鬼の税関 一攫千金を手にするのは誰だ?」って書いてありますから、そこまでは大丈夫そうですね。上記の「みんな悪い」の具体はこんな感じです。裏切りがあったり、騙し合いがあったり、ストーリーは二転三転してエンディングまで息をつかせません。また演出のテンポがすごくいい。第一級の娯楽作と断言していいでしょう。


 物語の柱にあっているのはダブル主演のスター、キム・ヘスとヨム・ジョンアです。2人はそれぞれチョ・チュンジャ、オム・ジンスクという2人の海女に扮する。この2人のこじれた友情が駆動力になります。僕は特にキム・ヘス演じるチュンジャの奔放でエネルギッシュなキャラが気に入りました。このチュンジャって海女が『ルパン三世』なら峰不二子、『ゲゲゲの鬼太郎』ならねずみ男くらいのストーリー上の「変数」なんですよ。俳優さんとしては演じ甲斐のある役ですね。「変数」なんで、最終的に誰の味方になるのかわからない。


 手抜きしないで海中撮影シーンをガンガン入れてるのも好ましいです。海女さんって設定だけで、海のシーンは必要最小限って撮り方もできたと思うけど、惜しげなくキャスト、スタッフを潜らせている。海女役のチームは大変だったと思います。何でもアーティスティック・スイミングの韓国代表コーチを招いて指導を仰いだとか。海と太陽はこの映画の「欲望ギンギラ」の象徴ですから決しておろそかにはできない。そして独裁政権の抑圧も海の中までは及ばないのです。そこは誰にもとがめられず、自由に振舞える場所です。


 最後に映画音楽に触れさせてください。僕は韓国歌謡、ポップスに詳しくないんですが、『密輸 1970』 に使われた流行歌、それから劇伴にはしびれました。映画が2時間くらいのDJプレイだとしたら、僕はレトロ歌謡ミックスに魅了された形です。一体、何者のしわざかと確認したらチャン・ギハという音楽監督なんですね。劇中使用の流行歌はリュ・スンワン監督があらかじめ決めていたそうですが、そのつなぎというか、映画にエネルギーを与え続けるサウンドトラックがバツグンに良いんですよ。チャン・ギハさん、覚えたぞと思いました。



文: えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『密輸 1970』

7月12日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー

配給:KADOKAWA、KADOKAWA Kプラス

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