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『花嫁はどこへ?』、前向きなメッセージ【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.63】

© Aamir Khan Films LLP 2024

『花嫁はどこへ?』、前向きなメッセージ【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.63】

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 これはめっちゃ好感持ちましたねー。こういう感覚は忘れていた。今の(特にシネコンで見る)映画って刺激が強いじゃないですか。CGだとか映像技術も進化していて、強烈なシーンをばんばん作る。ちょっと麻痺しちゃうところがありますね。『花嫁はどこへ?』(24)はお話に引き込まれるんです。えー、これからどうなっちゃうんだろうってハラハラしながら見る。すごくヒューマンでハートウォーミングな映画なんだけど、最後まで「ホントに大丈夫なのかなぁ?」という緊張が持続する。何ですかねぇ、こういう感覚。


 「はたして彼女の運命やいかに!?」


 活動弁士が名調子で弁じそうな、物語世界ってあるでしょ。ストーリーの推進力が「悲劇の主人公に同情とシンパシーを寄せる」になってるような世界。そんな感じ。


 あるいは寝室で親から童話を読んでもらってるみたいでもある。いや、実際には僕はそんなことしてもらった記憶がないんだけど、そういうイメージです。ナラティブ(語り)に安心して身を任せる。次々、不安な出来事が巻き起こるんだけど、人を信じていればきっと大丈夫、世の中捨てたもんじゃない、お前もいつか世間の荒波に揉まれる日が来るが、大丈夫なんだよって親が(物語を通して)言ってくれてるみたいな心地よさ。


 映画は華やかな結婚式の場面から始まります。可憐な花嫁プール(ニターンシー・ゴーエル)は花婿ディーパクに連れられて彼の家へと向かう。インドは古いしきたりが残る国で、結婚にもカースト制などの縛りが現存します。プールは決められたことに従う、純情な花嫁としてキャラづけられています。故郷の村を出て、列車で彼の村へ嫁いでいくんですね。



『花嫁はどこへ?』© Aamir Khan Films LLP 2024


 その日は大安吉日で、満員列車には何組もの新婚さんが乗り合わせていた。花嫁たちは赤いベールで顔を隠しています。これは日本の白無垢みたいな伝統だそうです。ごった返すなか、花婿ディーパクはどうにか空席を見つけてプールを座らせるんですが、その花嫁へのいたわりが騒動の発端になってしまいます。ようやく列車が駅に到着し、居眠りから覚めたディーパクは花嫁を故郷へ連れ帰るんですが、それは全くの別人でした。何と花嫁の取り違えです。同じ赤いベールで顔を隠していたからわからなかったんです。


 一方、花嫁プールも眠りから覚め、ディーパクとはぐれたことに気づきます。見知らぬ駅に降り立って、途方に暮れる。一切をディーパクに任せきりだった彼女は財布も貴重品も持たず、彼の家の住所も電話番号も持っていないんですね。連絡の取りようがない。駅の暗がりではガラの悪い男が「花嫁が消えてしまった」とわめいています。ディーパクが連れていった別の花嫁ですね。


 映画の邦題は『花嫁はどこへ?』ですが、僕はプール側の目線「花婿はどこへ?」の方が気になりました。インドの列車の旅で、お金も身分証明もなく、たったひとりで見知らぬ土地へ流れ着くほど心細いことはありません。何しろインドですから、広大な国土の一体どこまで行っちゃったもんか見当つきません。中央線で酔って乗り過ごしても最悪、大月駅で済みますが、インドじゃそうはいかない。それからもうひとつ、身の安全の問題があります。今年8月、コルカタで国営病院の研修医の女性が(病院内で)レイプされ殺された事件があり、全国規模の抗議デモやストライキに発展しましたが、インドは驚くほどレイプ犯罪が多いんですね。花婿とはぐれ、身ひとつで知らない駅に降り立ったプールの不安感、恐怖感は想像するに余りあります。


 まさに「はたして彼女の運命やいかに!?」です。見知らぬ土地でプールはどうやって生き延びるのか? 連絡先もわからぬ花婿に再会することはできるのか? そして、花婿ディーパクが間違って連れ帰った女性ジャヤ(プラティバー・ランター)の謎の行動は? とりあえずディーパクの家で暮らすことになったけれど、ジャヤは何かを隠している気配なんですね。


 主題となっているのは女性の自立ではないでしょうか。花嫁の取り違え騒動というドタバタ劇がやがて「女性も運命やしきたりに縛られるだけじゃなくて、自分の意思で生きたっていい」に収斂していく。それは赤いベール姿の「花嫁一般」という互換性のあるような社会的記号から、プールという人そのもの、ジャヤという人そのもの(決して他と代えられない、かけがえのない人間性)に劇中人物が昇華していく過程ですね。


 インドの映画は最大の国民的娯楽であると同時に、こういう啓蒙的な側面を持ちます。啓蒙的がわかりにくかったら教育的でもいい。この社会を良くしていきましょう、というとても前向きなメッセージが込められている。映画を見終わった後、読者の皆さんもきっと明るい、晴れ晴れとした気持ちになっているでしょう。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『花嫁はどこへ?』

10月4日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開中。

配給:松竹

© Aamir Khan Films LLP 2024

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