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『ステラ  ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』、ブロンド・ポイズンの伝説【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.71】

©2023 LETTERBOX FILMPRODUKTION / SevenPictures Film / Real Film Berlin / Amalia Film / DOR FILM / Lago Film / Gretchenfilm / DCM / Contrast Film / blue Entertainment

『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』、ブロンド・ポイズンの伝説【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.71】

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 冒頭、この映画は「事実に基づく架空の物語」であると断り書きが出るんですね。これは『密告者ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』(ピーター・ワイデン著、原書房)が下敷きになったドラマです。自身ユダヤ人でありながらゲシュタポ(秘密警察)の手先となって働き、多くの同胞を絶滅収容所、強制収所に送ったステラ・ゴルトシュラークという女性がいたんですね。ブロンドで美貌の持ち主であったことから「ブロンド・ポイズン」と異名を取ったということです。著者のピーター・ワイデンはステラがナチスの協力者に堕ちていく過程を社会背景とともに描いています。悪事を告発し糾弾するというより、「誰もがステラになり得る=恐怖というものは人を変えてしまう」というほうに力点が置かれたノンフィクションだったと思います。


 映画はドイツ、オーストリア、スイス、イギリスの共同制作ですが、ヨーロッパの観客(特にドイツ)は当然、ステラ・ゴルトシュラークのことを知ってるわけですね。つぶさに知る戦中派はわずかになったけれど、ステラ・ゴルトシュラークというナチス協力者がいたというのは知っている。『密告者ステラ-』の本も話題になったし、何より彼女は1994年まで生きていた。伝説の「ブロンド・ポイズン」のその後をニュースやなんかで見ているわけです。


 映画『ステラ  ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』(23)はだいぶ翻案されてるなと思いました。映画の入りは「アメリカに憧れ、ジャズシンガーとして身を立てることを夢見るステラ」です。いきなり歌う。華やかな場面です。もちろん導入のシークエンスは登場人物の紹介に使われますから、観客の印象に残るのは「アメリカの音楽文化を享受する、奔放なステラ」です。まぁ、ユダヤ人音楽家は大勢アメリカへ逃げてきて、戦後アメリカのショービズを支える存在になりますから、ステラやその仲間たちはそんなイメージですかね。


 で、ファーストインプレッションで思うのは「あ、奔放な女がナチスの恐怖に支配されて、闇堕ちする映画なのかな」という感覚です。ざっくり大きな類型でいうと「哀しい女」映画ですかねぇ。「哀しい女」映画って男が悪いんですよ。男が悪くて、社会が悪い。実際、映画『ステラ  ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』はつき合う男が物語展開のキーになります。最初の恋人フレート(まじめそうな男)は一斉収容の日、連れ去られ収容所へ送られる。で、色男ロルフと出会うわけです。ロルフは裏社会にも顔がきくワルです。ナチスの迫害を怖れ、逃れようとしているユダヤ人同胞に偽造の身分証を売りつけて荒稼ぎしている。



『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』©2023 LETTERBOX FILMPRODUKTION / SevenPictures Film / Real Film Berlin / Amalia Film / DOR FILM / Lago Film / Gretchenfilm / DCM / Contrast Film / blue Entertainment


 僕はこの映画でいちばん好きなシーンはステラがロルフと出会う場面です。ベルリンの街角で言い寄られ、一瞬、瞳をキラッとさせる。そこがいいんだなぁ。直後、場面が変わって濡れ場になるんですが、その濡れ場よりステラが「男に言い寄られ、瞳を輝かせる一瞬」のほうがセクシーでグッとくるんですね。ステラが心を決めた一瞬。新しい世界へ踏み出す一瞬。ステラ役はパウラ・ベーアというドイツの女優さんですが、この人は身のこなしが軽やかでとてもいい。いつも印象が「ひらり」という感じなんですよ。ステラは軽やかに身を翻(ひるがえ)し、ロルフのいる世界(ナチス政権下のベルリンで、機転とハッタリで行き抜く)に身を投じる。


 で、考えたんですけど、僕はこの瞳の輝く一瞬が何で好きかっていうと、ステラの意思を感じたからですね。悪い男に騙されて闇堕ちする「哀しい女」ってわけじゃない。オッケー、やってやろう。そういう「ひらり」なんですね。


 ステラもロルフも結局ゲシュタポに捕まることになって、脅されて、意のままに操られることになるんですけど、同胞を売る「ブロンド・ポイズン」になってからも、ステラは恰好いいんですよ。「ひらり」感があるのは大通りのカフェでくつろぐ人のなかにユダヤ人を見つけて、「ゲシュタポ!」と名乗って捕まえようとするシーンです。コートをひらめかせて「ゲシュタポ!」と短く叫ぶ。言われたほうはもちろん血も凍るような恐怖です。正体を見破られた。いや、よーく考えてみればステラはゲシュタポを恐怖してたはずの側(=ユダヤ人)なんですけどね、使われてるうちにゲシュタポそのものになって、恐怖を与えるのを楽しんでさえいる。それぐらい恰好いい。「ゲシュタポ!」と短く叫んで、コート「ひらり」の場面はぜひご注目ください。


 「ブロンド・ポイズン」は男や社会の被害者なのでしょうか。同胞を死に追いやった加害者なのでしょうか。現実のステラ・ゴルトシュラークは外見上、ナチスの賛美した純粋アーリア人女性に見えることが自慢だったと聞きます。ブロンドや美貌は隠れミノだったわけですが、いつしか「純粋アーリア人のふり」という仮面が取れなくなってしまった。でも、本作の演出は特段、アイデンティティーの苦悩を描いてないんですよね。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』

2月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開

配給:クロックワークス

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