1. CINEMORE(シネモア)
  2. NEWS/特集
  3. 『35年目のラブレター』、直球がいちばん強い【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.73】
『35年目のラブレター』、直球がいちばん強い【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.73】

©2025「35年目のラブレター」製作委員会

『35年目のラブレター』、直球がいちばん強い【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.73】

PAGES

  • 1


 実話にもとづく映画。トゥルーストーリーです。長く人生をともにしたご夫婦の愛情物語。映画をつくることになったきっかけは、実はもう一つのご夫婦の物語がからんでいて、それは塚本連平監督ご夫妻ですね。奥様がテレビのドキュメンタリー番組を見ていて、本作の主人公・西畑保さんの人生を知ったそうなんです。番組に感動した奥様は塚本監督に話をする。塚本監督はネットを介し、西畑保さんの「トゥルーストーリー」を調べ始める。そして、彼の書いたラブレターを読む。そこには人の心を打つ、愛と真心があふれていた。塚本監督はこれを映画にしたいと走り始める。


 タイトルにも謳われた『35年目のラブレター』(25)がどんな経緯のものか、それはここには書かないことにします。話題作だから、たぶん読者の皆さんはテレビか何かで目にされるかなと思います。言ってみればその「経緯」が唯一のタネであり仕掛けで、他には伏線もヒネリも何もない「ド直球」の映画です。これがね、本当に泣けるんですよ。やっぱり逃げない「ド直球」はズシリと来る。


 僕はこれはキャスティングがすべてだと思いますね。西畑保と皎子(きょうこ)を笑福亭鶴瓶と原田知世が、そして若き日の二人を重岡大毅、上白石萌音が好演しています。ていうか「好演」って言葉じゃ足りないですね。もうカメラの前でその人として生きている。これだけの「ド直球」作品、成功するもしないも役者さん次第じゃないですか。役者が物語のなかに観客を引き込むかどうかにすべてがかかっている。だって、トップシーンから一切ウラをかかない(意外性をぶつけない)演出です。笑いのくすぐりすらツカミに使わない。当たり前の人生がありますよね、それはかけがえのないものですね、ってことで観客を「トゥルーストーリー」に導いていく。


 僕が試写室を出てずーっと考えたのは笑福亭鶴瓶さんの演技についてです。言わずと知れた人気スター。テレビタレントとしても、コメディアン、上方落語家としてもずっとトップを張ってきた人です。映画ファンは『ディア・ドクター』(09)や『おとうと』(10)で見せた圧倒的な説得力を思い出されるでしょう。鶴瓶さんは名優なのです。なかなかあんな味の出せる俳優さんはいない。



『35年目のラブレター』©2025「35年目のラブレター」製作委員会


 何がすごいって鶴瓶さんは芝居をしないんです。昔、竹中直人さんと話していて、柄本明さんの演技論になったことがあるんです。そのとき、竹中さんは「芝居をしない」ことの大切さを何度も語った。「え?」と言う所作を飲み屋で何度も繰り返した、顔を上げて「え?」、振り向いて「え?」。柄本さんと「いかに芝居をしないか」という演技論(?)になったというんですね。柄本明さん風の「え?」もやってくれました。作為なく、ただ舞台に立って「え?」。うまくやろうとか何かいいとこ見せてやろうとか、そういうのは邪魔だって言う。素でいい。素で「え?」。それがいちばんいい。そんな感じの話でした。


 鶴瓶さんはもちろんちゃんと台本のセリフを言うし、物語通り演技をしています。カット割りの要求通り、必要なシーンを演じている。だからホントに「芝居をしない」っていうわけじゃないですね。だけど、変なこと何もしないんですよ。そのままやってるだけ。もちろん本職の役者さんじゃないから決して上手くない。その「決して上手くない」が心に沁みるんです。


 「人(にん)」で演じるというのかな、例えば高倉健さんがそうでしたね。志村喬さんもただ映ってるだけで、余計なことはしなかった。映画館の大きなスクリーンはごまかしがきかないんです。役者さんの「人」がそのまま映ってしまう。そこにしっかり心が乗っていれば、上手い芝居なんかしたら邪魔なだけです。映画『35年目のラブレター』で鶴瓶さんはそういう仕事をした。


 僕は若い頃、一度だけNHKの番組で司会の仕事をしたことがあって、それは競作じゃないけど、週替わりでNHK東京制作と大阪制作に分かれていたんですね。東京制作の週は僕が司会で、大阪制作の司会は鶴瓶さんでした。まだ鶴瓶さんはそんなに東京の仕事はしておられなかったと思う。『笑っていいとも!』なんかでもあんまりハマッてる印象はなかった。瞬発力の芸風じゃないでしょ。東京のバラエティーの空間でどうスタンスを取っていいか戸惑ってる感じもあった。


 僕は鶴瓶さんが当時よくわからなかったんです。ピンと来なかった。NHKのスタッフに鶴瓶さんのスタジオの雰囲気を尋ねたりした。要は面白さがわからなかったんです。で、関西出身のライター仲間と話していて、その人が「自分はさんまより鶴瓶が面白いと思う。東京のテレビでは鶴瓶の面白さが10パーも出てない」って言ったんですね。びっくりしちゃって。それで彼に『鶴瓶・新野のぬかるみの世界』(ラジオ大阪)を教えてもらって、こりゃすごいとひっくり返った。聞き手に想像させながらじわじわ行く感覚ですね。東京のテレビにはない世界だった。


 だけど、鶴瓶さんは東京のテレビ空間で生き残っていった。タモリさんならタモリさんの世界に合わせ、さんまさんならさんまさんの波長に乗っかり、若いタレントにいじられたりしながら、どこに出ても平気な人になっていった。たぶん関西にいた若い頃は「過激」でとんがっていたはずですよね。そうではなくて溶け込むことをした。僕はそうやって「人」を鍛え上げていったんだと思います。


 『35年目のラブレター』はそんな鶴瓶さんの「人」を見る映画です。で、原田知世さんも芝居より「人」を見せてくれてる。原田知世さんは大きな芝居をしてますよ。心の通う芝居。そういうのが全部映ってますからね、文句のつけようないです。映ってるままを見て、胸いっぱいになるしかない。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido




『35年目のラブレター』を今すぐ予約する↓





『35年目のラブレター』

3月7日(金)全国公開

配給:東映

©2025「35年目のラブレター」製作委員会

PAGES

  • 1

この記事をシェア

メールマガジン登録
counter
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. NEWS/特集
  3. 『35年目のラブレター』、直球がいちばん強い【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.73】