2025.10.16
※本記事は物語の結末に触れているため、映画未見の方はご注意ください。
『ハウス・オブ・ダイナマイト』あらすじ
どこから発射されたか分からない、米国を標的とした1発のミサイル。果たして誰が仕組んだのか? どう策を打つべきか? 時間との闘いが幕を開ける。
Index
<18分の臨界>を描く、終末の『羅生門』
史上初の女性アカデミー監督賞受賞者、キャスリン・ビグローが8年ぶりに帰ってきた。前作『デトロイト』(17)以来の沈黙を破り、彼女は再びシネマという名の臨界点へと身を投じる。最新作『ハウス・オブ・ダイナマイト』(25)は、核攻撃の発射から着弾までを描くリアルタイム・スリラー。これまでのキャリアを総括すると同時に、新たな到達点を示す一本だ。
近年のビグロー映画を貫くのは、「時間」という不可視の構造。例えば 『ハート・ロッカー』(08)で描かれたのは、<延長される現在>だった。爆弾処理班の兵士は、常に爆発の瞬間を先送りしながら、終わらない「今」に閉じ込められる。恐怖と快楽が同化する極限状況が、延々と時間を伸ばし続けていた。
続く『ゼロ・ダーク・サーティ』(12)で提示されるのは、<10年という時間の滞留>。それは、オサマ・ビンラディン殺害までの長い捜索の歳月。情報が積み重なり、真実が遅延し、決断は常に後手へと回る。ここで時間は単なる経過ではなく、権力と執念がせめぎ合う摩擦そのものとなる。
『デトロイト』(17)では、時間は一気に収縮し、<一夜の圧縮>となる。1967年の暴動の真っ只中、アルジェ・モーテル事件というわずか数時間の出来事に、アメリカの暴力と制度の歪みを凝縮。時間が短くなればなるほど、出来事は抽象化し、象徴性を増していく。
Netflix 映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』
そして『ハウス・オブ・ダイナマイト』では、ついに<18分の臨界>に到達する。正体不明のミサイルが探知され、誤報と思われた信号が現実の脅威であると判明。アメリカ本土への着弾まで秒刻みで進むカウントダウン。残された時間の中で、人間の判断、倫理、信念が容赦なく試される。キャスリン・ビグローは、永遠、10年、1日、そして18分と、フィルモグラフィーを更新するたびにタイムラインを切り詰め、映画の出力を高めていった。
しかもビグローはこの映画で、視点を変えながら<18分の臨界>を描く三幕構成を採用する(本人はこれを“終末の『羅生門』”と呼んでいる)。第一幕はホワイトハウスの危機管理室、第二幕は高官たちによるWeb会議、第三幕は未曾有の事態に直面した大統領の視点。物語はほぼリアルタイムで進行し、指令室、基地、衛星映像を断続的にモンタージュすることで、ドキュメンタリーのような緊迫感を生み出していく。
いったいどこの国が、どんな目的で、アメリカにミサイルを発射したのか?映画はその回答を最後まで曖昧にし続ける。むしろキャスリン・ビグローが見つめるのは、敵の正体ではなく、システムそのもの。大統領がボタンひとつで世界を破壊できるという、構造の異常さだ。彼女はこう語る。
「核兵器という概念――それに囲まれて生きているという現実――が、常態化してしまった。私はその沈黙を、再び公共の言説の中に取り戻したかったのです」(*1)