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『教皇選挙』、二転三転のスリル【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.74】

© 2024 Conclave Distribution, LLC.

『教皇選挙』、二転三転のスリル【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.74】

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 『教皇選挙』(24)は第一級のミステリ映画です。とにかくその点を強調したいですね。バチカンが舞台だからといって難しい神学論争が出てくるわけじゃない。中身は実に人間くさいドラマです。「大組織のトップ交代」って例外なく面白いじゃないですか。守旧派と改革派が火花散らして、お互い揺さぶったり切り崩したり、第三局を取り込もうと暗躍したりする。それがローマカトリックなんですから、大組織も大組織、歴史にも刻まれグローバルワイドの広がりを持つ、時空を超えた絶対的組織です。とてつもない大ごとですよね。「次のローマ教皇は誰か?」をめぐって虚々実々の駆け引きが行われる。本年度アカデミー賞脚色賞の極上ミステリ作品です。


 僕はむちゃくちゃ映画的な題材だと思いましたね。誰もが存在自体は知ってるけど、誰もシスティーナ礼拝堂のなかで何が行われているか知らない。そのコンクラーベ(教皇選挙)の実際をスクリーンで見せてくれようってわけです。まぁ、レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴーをはじめ、ほとんどの役者が中年男性なんですよね。例外的にイザベラ・ロッセリーニがいるけれど、キャスティングに華があるとは言い難い。それはどうしたってそうなりますよね。だけど、役者ぞろぞろ並んでいる感じがある意味セットでもあるんだ。ひと目見て特殊な世界なんです。


 「ひと目見て特殊な世界」を成立させるためのスタッフワークがすごいです。さすがにシスティーナ礼拝堂はロケで貸してくれませんよね。プロダクションデザイナーのスージー・デイヴィーズという人が美術デザインを担当して、礼拝堂内部のセットを組んだそうなんだけど、本物にしか見えません。世界各国の教区から枢機卿が集められ、ミサを捧げ、「鍵のかかった」というラテン語を意味するコンクラーベ(教皇選挙)に移行する。それが作りもんに見えたらアウトでしょ。そこのリアリティには全エネルギーが注力されている。それがあって初めてドラマが始められるんだと思います。百聞は一見に如かず。役者の数と美術セットに感動してください。あれは引き込まれますって。



『教皇選挙』© 2024 Conclave Distribution, LLC.


 だけど、コンクラーベって儀式というか習俗としてものすごいですよね。僕がテレビの海外ニュースを通して知ったのは1978年、聖パウロ六世が亡くなられた際でした。学生時代の友達の下宿のテレビです。次の法王が決まったか決まらないか立ち上る煙の色で知らせるでしょ。「ストーブ」っていうんでしたっけ、新法王が選出されると白い煙、未だ選出されないと黒い煙で知らせる。確かそのときのニュースは黒い煙でした。1つ歳上で物知りだった友達が「あー、決まらんかったか。洒落じゃないけど、本当に根比べなんだよなぁ」と言った。僕らは若者でしたからね、煙の色で選挙の様子を知らせるようなアナクロニズムを笑った。


 けれど、それはアナクロニズムってひと言では表せないものでしたね。2005年、聖ヨハネ・パウロ二世が亡くなられた際も、2013年、ベネディクト十六世が退任されたときも僕はニュースで同じ光景を目にした。一個人のライフタイムのなかでも、その「アナクロニズムに見えていたもの」はループしている。世俗の介入を嫌って「鍵のかかった」習俗を繰り返している。それはカトリックの歴史とともにある。ほとんど「永遠」の謂(いい)です。


 ヴェールに包まれたドラマは「法王の死」から始まるのです。いわばこれは「法王の死」と「新法王の誕生」が無限ループする構造です。感じ入ってしまうのは皇位継承者のように、あらかじめ次の法王候補はこの人っていうのが決められてないんですね。「法王の死」からいっせいにドラマが動き出す。まぁ、もちろんそれまでにも根回しや多数派工作があるんでしょうけど、ダイナミズムっていう点では「法王の死」からです。詳しくはここに書けないけれど、守旧派と改革派のぶつかり合いが見ものです。


 面白いなぁと思ったのは映画のなかで「亡くなられた法王の意向」が持ち出されそうになるんですね。戦国大名じゃないんだから「御館様(おやかたさま)の御意思」でもなかろうと思うんですけど、なるほどなぁ、そういう説得材料もあるなぁと感心しました。枢機卿が集まって、みんなで知恵をしぼって選挙しようってときに、先代の意向(亡くなってるから票は持ってないわけですよね)が言挙げされる。いや、実際にはヴェールに包まれて世俗にはディテールは伺い知れないんだけど、少なくとも映画のなかで「誰が最後に会った」が問題になる。むちゃくちゃ人間くさいでしょう。


 物語は走り出してから二転三転、とてもスリリングです。よくこんなに盛り込めたなぁというくらい要素が多い。文句なく傑作です。僕はもう一度、映画館で見たい。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『教皇選挙』

TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー中

配給:キノフィルムズ

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