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『片思い世界』、ガールフッドの叙情性【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.75】
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広瀬すず、杉咲花、清原果耶のトリプル主演、監督・土井裕泰&脚本・坂元裕二『花束みたいな恋をした』(21)コンビの再タッグといったら、もう日本のエンタメの最も良質、かつ華やかな世界が約束されたようなものですね。ヒットしてほしいし、ヒットしなくてはおかしい作品です。全編にたたえられた叙情性にきっと胸が震えますよ。これは絵本みたいに可愛くて、やさしくて、笑えて、そして心の深い部分を潤し、どうしようもなく泣けてしまう映画ですね。
ネタバレしたくないので、物語の大前提は言えません。封切り後はSNSやなんかで噂や情報が飛び交うでしょうけど、なるべくだったら予備知識なしで映画館にもぐり込んでいただきたい。ご自分の目で見た「片思い世界」だけがリアルです。あなたは東京郊外で共同生活を送る3人の女性をご覧になります。彼女らはいつも一緒に朝ごはんを食べ、学校やバイトに出かけて行き、夜にはまた集まって晩ごはんを食べる。みんな若く健康で、とてもおしゃれです。そこにはガールフッドともいうべき親密さがあって、何気ない会話の端々、お互いの距離感がしみじみいいんですよね。もしかしたら土井監督や脚本の坂元さんはこのガールフッド、3人の名優の距離感を映画にしたかったのかもしれないなと思うんです。
それくらい関係性がいいんです。3人の寝室で朝、ジリリリと目覚ましが鳴るシーンがあります。3人ともまだ眠くて、ふとんをかぶったまま手だけ伸ばして目覚ましを止めようとする。で、よく見てないからずでーん、ずでーん、ずでーんと順番にベッドから落っこちるんです。そのずでーん、ずでーん、ずでーんがとてもいい。敢えて言葉にするなら「愛しい日常」ですね。何てことないけど、かけがえのないもの。
ネタバレを避けるとストーリーには触れにくいので、「片思い世界」ってどんな世界なのか考えてみることにしましょう。タイトルに何か惹かれるでしょう。片思いなら自分も経験があるなぁ、あれは苦しくて切ないんだよ、っておそらく映画館の誰もが実感できる。大抵は学生時代の甘酸っぱい思い出ですね。クラスの誰かをそっと見つめ、胸を焦がしていた。「クラスの誰かをそっと見つめ」は案外難しいんです。ジト~と見つめてしまうと相手にも、クラスのみんなにも気づかれてしまう。
『片思い世界』(C)2025『片思い世界』製作委員会
松岡茉優の「怪演」で評判になった『勝手にふるえてろ』(17)では、この問題を「視野見」という技術で解決していましたね。目はまっすぐ前を見て、周辺視野で意中の人を見るのです。自分なんかが思いを寄せているなんて絶対誰にも知られたくない。劣等感というか強烈な自意識が主人公の女性に「視野見」という技術を習得させたのです。『勝手にふるえてろ』は片思いをこじらせた主人公の疾走感が素晴らしかった。
「視野見」じゃないですけど、どうも片思いは「見てるだけ」ってイメージがありますね。思いの丈を相手に打ち明けてしまうと、それはもう一か八かの大勝負ですから負けたら恋の終わりです。普通は勝負なんてかけないで片思いを温存する。ずっと「見てるだけ」で思いをつのらせる。直接相手に働きかけるのは難しいですね。それってひとつ間違えて、闇堕ちしたらストーカーですもんね。
映画『片思い世界』(25)の3人の女性もそれぞれに思いを抱え、つのらせていきます。とても切ない映画なのですよ。広瀬すず、杉咲花、清原果耶、3人の名優はとても繊細にそれを演じています。そして互いをやさしくいたわり、寄り添っている。ガールフッドの映画と申し上げたのはそういう意味です。
試写会の帰り道、僕はこれがボーイフッドの映画だったらどう成立するかなぁと考えていた。若い男3人の共同生活ってだけでだいぶイメージが違いますね。あの絵本のようなおしゃれな世界観は成立しない。たぶん部屋ももっと貧乏くさくってボロいアパートじゃないでしょうか。思いを抱えているんだけど、どこにも介在できず、何にも達成できてない若い男が3人暮らしているのです。無邪気で、ちょっとしたことでバカ笑いしたりしながら、バイトに明け暮れている。
と、そこまで考えて、これは若林正恭、山里亮太の青春を描いた『だが、情熱はある』(23)っぽいものだなぁと思いました。男3人の共同生活って売れない芸人の設定なら十分あり得ますよね。まだ何者でもないワカゾーだから、M-1などの賞レースも人気バラエティ番組も「見てるだけ」です。お金もないから実社会に「介在」できない。何もしてないし、何も伝えられていない。無為の日々ですね。傍から見るとノンキそうだけど、本人的には焦燥や屈辱や熱にうかされて、もがき苦しむような日々。それも一種の「片思い世界」だと思います。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『片思い世界』
4月4日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
配給:東京テアトル、リトルモア
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