
© 2023 STUDIO RUBA
『KIDDO キドー』、みずみずしい傑作【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.76】
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これは当たりでした。ザラ・ドヴィンガーという監督さんも知らないし、どうかなぁなんて思ってたんですが、自らの不明を恥じます。みずみずしい傑作。絵もきれいだし、テンポ感もいいし、これは胸に残る作品ですね。見終わって、余韻が消えるのが惜しくてしばらく黙り込んじゃいました。ザラ・ドヴィンガー監督はこれが長編デビュー作だそうです。これからどんなキャリアを築いていかれるのか、本当に楽しみです。
映画のアウトラインを言うと、主要な登場人物は2人だけ、母子の逃避行ロードムービーです。児童養護施設で暮らすルー(ローザ・ファン・レーウェン)はいつもお母さんを恋しがっているんですね。まだ11歳。ティーンエージャーになりかけ、子ども時代の終わりかけの微妙な時期です。「ママはオレンジの匂いがする」「ハリウッドに住んでる」「忙しい」「スタントも自分でするの」etc.少女の空想のような言葉が「母親」のすべてです。ルーはヘンクという名の小さなヘビを飼っていて、いつもヘンクと一緒にいる。
と、そこへ母親カリーナ(フリーダ・バーンハード)が突然やって来るのです。施設の人に断りなく、ルーを連れ出そうとする。実の母親ですが、これは誘拐です。ポーランドのおばあちゃんちへ金をもらいに行こうと持ちかける。カリーナは10代でその家を飛び出して、自由に生きてきた。デニムのショートパンツ姿、ボロボロのシボレー(四角くてガソリン食ってサスペンションがふわふわ、船みたいなやつです)って到底ハリウッド女優には見えません。むちゃくちゃエキセントリックな人でいきなりケータイを投げ捨てます。
「この旅に携帯はいらない。人生はゼロか100かよ、お嬢ちゃん(キドー)」
こうして母子の逃避行が始まるんです。ワクワクしますね。カーラジオから古い曲が鳴り響く。ヨーロッパは地続きです。まずドイツへ。そしてポーランドへ。カリーナはひと目を避けるため、ルーのためにカツラとサングラスを用意します。ルーは変装して「ゼロひゃく」の旅をする。カリーナは「ボニーとクライド」の喩えを使う。すべてを得るかすべてを失うか、2人は「ゼロひゃく」で国境を越えていく。ああ、なんて可愛くて他愛ない「ボニーとクライド」でしょうか。
『KIDDO キドー』© 2023 STUDIO RUBA
ポーランドに入ってカリーナがピエロギの話をするんです。ピエロギは東欧で食される餃子みたいな料理なんだけど、ああ、家出して「ゼロひゃく」の人生を突っ走ってきたけど、カリーナはやっぱりピエロギを忘れてないんだなと思う。ルーはもちろんピエロギを知りません。で、ドライブインに入って食い逃げするんですけどね、この店内のシーンがいいんだなぁ。ルーは母親のダメさ加減に気づいて、ハリウッドスターの嘘を信じられなくなっている。でも、母親の前では演技をする。母のカリーナも娘が薄々勘づいているのをわかっている。僕はここで泣きそうになりました。そうしたら感傷をぶっちぎって食い逃げですよ。
「(イート&ラン)食い逃げだよ、キドー」
カリーナは母親になりたい人なんです。だけど、どうしていいかわからない。もう若くないのだけど、大人になれずにいる。ルーにそれを打ち明けるシーンもすごくいい。「あんたの言う通り」「私には無理なの」「まだ準備ができてない」「あんたの母親になりたかった」。ルーはお母さんが欲しかったのです。だけど、泣きたいほどお母さんが恋しかった子ども時代を終えようとしている。この場面はカット割りが細かくて、2人の寂しさが引き立つ。寂しい寂しい「ボニーとクライド」です。
そして旅の目的地、カリーナの故郷にたどり着く。それは彼女が母親から受けた抑圧の記憶を思い出すことでもあった。「女の子でしょ、カリーナ?」「何様なの、カリーナ?」。カリーナは10代のある日、苦しくて苦しくて逃げ出したんです。故郷っていうのは「逃げ出した場所」なんですね。カリーナは母親にもなれずにいるけれど、ちゃんと娘にもなれなかった人です。関係性が作れなかった。「キドー(子ども、お嬢ちゃん)」は一義的にはルーのことを指しているけれど、本当の本当はカリーナのことだと思います。カリーナもまたお母さんが恋しかった。
旅の終わり、寂しい「ボニーとクライド」はどうなるでしょうか。それは映画館でご覧ください。たぶん宣伝も地味だし有名スターも出てないし、ひっそり公開が始まると思うんですけど、これは刺さる映画ファンにはむちゃくちゃ刺さるんじゃないでしょうか。ていうか、映画そのものへの愛情、映像体験の蓄積やリスペクトが随所に感じられる作品です。どうかお見逃しなく。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『KIDDO キドー』
4月18日より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、京都シネマほか全国順次ロードショー
配給・宣伝:カルチュアルライフ
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