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『政党大会 陰謀のタイムループ』、ドキドキワクワクの展開【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.77】
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『政党大会 陰謀のタイムループ』(21)、もう文字列が最高ですね。なんだかドス黒い陰謀・野望が渦巻いていそうなんだけど、最終的にタイムループですから。果たして政治劇なのがSFなのか言いたいことがわからない。わからないけれどめちゃめちゃ面白そうでしょう。ちなみにポスターの惹句は「不寛容と分断の時代を舞台としたポリティカル・アクション!」です。更にわからなくしている。宣伝担当さん明らかにノッてます。
いやぁ、面白かったー。宣伝担当さんがノリにノッてるのもわかりますよ。文句なしに楽しめるエンタメ巨編です。僕はオンライン試写で見たんですが、後半、仕事場で声を上げて笑ってました。これ、インド映画好きのみんなと「応援上映」で見たい作品だなぁ。
主人公はカーリクというタミル人ムスリムの青年なんです。彼は結婚式出席のため、ドバイから帰国するんですね。ただそこにはちょっと込み入った事情があって、彼は親友の花嫁奪還の手助けをする。親友と花嫁は駆け落ちの密約を交わしていた。
ところがことはうまく運ばないんだなぁ。逃がそうとしている途中で警察官ダヌシュコディに遭遇する。ダヌシュコディは本作の敵役です。冷血で暴力的で悪知恵が働く。権力をカサに着て人を見下している。カーリクは連行され、この冷血警察官に目をつけられます。
折しも政党大会が開催されているんですね。カーリクは州政府要人暗殺の陰謀に巻き込まれることになる。その陰謀を指揮しているのは警察官のダヌシュコディです。彼はカーリクがムスリムである点に目をつけた。要人暗殺を宗教がらみのテロに仕立て上げようという企みです。ヒンドゥー教とイスラム教(そして、更に多様な宗教)が微妙なバランスを取っているインド社会に「不寛容と分断」をもたらそうという考えです。テロを機に暴動が起きるところまで計算に入っていた。裏でダヌシュコディを動かしているのは州首相の座を狙う悪徳政治家でした。
『政党大会 陰謀のタイムループ』©V House Productions
さて、ここからが面白いところです。邦題ではっきり示されている通り、この映画はタイムループものです。カーリクが言われるままに政党大会の会場に潜入し、要人暗殺の濡れ衣を着せられ、その場で射殺された瞬間、場面はニューデリー発コインバトール行のシヴ航空機のなかへ移動します。隣りの席の女性とまったく同じやりとりを交わし、カーリクの頭は「?」でいっぱいになる。要人暗殺の陰謀に巻き込まれて、射殺されたのは夢だったのか? コインバトールに到着し、結婚式に出席し、親友の駆け落ちを助け‥、とそっくり同じ経過をたどるうち、これはデジャヴなんかじゃないと思うようになる。このままじゃ要人が殺され、カーリクは暗殺犯として葬られてしまう。一度経験していますから、行動を変えることができますね。何とか暗殺を回避しようとする。が、うまくは行かず、カーリクは殺されます。と、次の瞬間、シヴ航空機の座席へ移動している(!)。
タイムループが起きていた。カーリクは何度も何度も殺されますが、その都度、飛行機に乗ってるところからやり直すことになる。僕はRPGなどの「でんせつのえいゆう」が死んでゲームオーバーになっては、セーブした時点からやり直すループを連想しました。ある意味、不死身ですね。悪の魔王からしたら手下を差し向け、殺しても殺しても復活し、城を目指して攻めてくる怖ろしい存在だと思います。カーリクも「でんせつのえいゆう」のパターンで、何度も何度も失敗して死ぬんですが、そこで学習して、次はその失敗を回避します。がんばり屋さんです。涙ぐましいほど死んで、涙ぐましいほどやり直す。
タイムループものって何パターンかあるでしょ。例えば『リバー、流れないでよ』(23)のように2分間なら2分間とループする時間が決まっていて、登場人物たちが試行錯誤を繰り返し、ループからぬけ出ようとするパターン。『政党大会 陰謀のタイムループ』のループは時間は決まってないんですね。主人公のカーリクが死ぬと、飛行機内の場面に引き戻される。死ぬまでの経過時間は別に何時間でも関係ないんですね。さっきRPG的と表現したのはそこのところです。一定の時間がループするのでなく、主人公の死がループする構造。
それからもう一つ、タイムループには重要なポイントがあるように思います。ループしたとき、意識や記憶が連続するかです。ケン・グリムウッドの小説『リプレイ』や映画『ハッピー・デス・デイ』(17)など主人公の意識・記憶が連続するパターンが主流じゃないかと思います。また先程挙げた『リバー、流れないでよ』のように登場人物すべての意識・記憶が連続していて、みんなで一致協力してループ脱出をはかるパターンもありますね。
『政党大会 陰謀のタイムループ』の場合はどうかというと、珍しいパターンです。脇役は全員、意識・記憶がつながってなくて、繰り返されるループをその都度、初めての体験として生きる。但し、主人公ターリク以外にもう一人、「ループを生きる人物」が設定されている。
それが誰なのかは内緒にしますね。無限ループのなかで学習し、行動の効率化をはかれる人物が主人公以外に存在するんだなぁ。この構造が物語を後半、爆発的に加速させます。ドキドキワクワクの展開ですよ。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『政党大会 陰謀のタイムループ』
5月2日(金)より新宿ピカデリーほかにて公開
配給:SPACEBOX
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