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『「桐島です」』、目立たぬように49年【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.82】

©北の丸プロダクション

『「桐島です」』、目立たぬように49年【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.82】

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 映画のタイトルは『桐島です』じゃなくて、『「桐島です」』なんですね。70年代、連続企業爆破事件に関与し、全国に指名手配され、逃亡生活を送ってきた桐島聡が末期の胃がんに倒れ、かつぎ込まれた病院で(長く名乗り続けた偽名でなく)本名を名乗った、その言葉です。「桐島です。自分は東アジア反日武装戦線『さそり』の桐島聡です‥」。その言葉は担当の看護師さんが聞くんだけど、声がかすれているし、言ってることの意味が最初わからなかったと思うんです。逃亡生活49年、2024年(令和6年)の日本でいきなり「東アジア反日武装戦線『さそり』」と言われてもピンと来ない。だけど、そのニュースは大きなインパクトを持って報じられました。


 僕の世代にとっては銭湯に貼ってある指名手配ポスターの人物です。長髪メガネ。屈託のない笑顔をこちらに向けている。もうずーっとあの顔を見てきた印象がある。神奈川県の病院にその桐島聡を名乗る高齢男性が現れた。すぐに通報され、警察の取り調べが始まる。但し、衰弱して病院からは出られない。「最期は本名で迎えたい」と語り、供述内容から桐島本人である可能性が高まったが、名乗り出た4日後に死亡してしまう。そのため、警察は死後、DNA鑑定で特定しなくてはならなかった。


 正直、ニュースに対する世間の反応は「桐島生きてたんだ」「桐島いたんだ」でした。戦後史の時間感覚でいうと、終戦後27年間ジャングルに潜伏していた横井庄一さん、29年間戦争を続けていた小野田寛郎さんより長いでしょ。世相とのギャップ、アナクロニズムっていうか「そんな人まだいたんだ」感は大きい。当然、関心は彼の逃亡生活49年に向きます。「爆弾闘争の過激派学生」と「末期がんの衰弱した老人」という2つの点を結ぶ長い年月、つまり、指名手配犯の半生というものですね。


 主人公の桐島を好演しているのは毎熊克哉です。これは難しい役ですよね。桐島聡であると同時に偽名「内田洋」でもある。仮面をかぶった偽りの生活ではあるんだけど、それが49年続くとひとつの現実にもなってくる。俳優は血の通った人物を演じなきゃいけないから、左翼用語の「地下へ潜る」が観念ではない。ああ、この男はこうやって生きたんだなぁというのを観客に見せなきゃならない。「物語」というほどの出来事はないんですよ。出来事あっちゃまずい。息をひそめてこっそり暮らしてる。だけど、ピリピリ張りつめた時間が49年も連続するかといったらそれは無理ですよね。案外ノンキなところもある。音楽好きで、地元ライブハウスの常連客だったりする。ロックバンドの演奏に「”イェーッ、イエーッ”と声を上げながら、踊ってる桐島がいた」(映画化にも協力した『さそり』の元メンバー、宇賀神寿一の追悼手記より)っていうシーンの毎熊克哉が非常にいいです。逃亡生活で押し殺していたものを爆発させるような感じもあるし、やたらと軽くて屈託ない感じもある。



『「桐島です」』©北の丸プロダクション


 「物語」ということでは唯一、恋愛に関わるエピソードがありますね。桐島聡という人は生涯単身者として暮らし、内縁の妻のような存在をつくらなかったようなんですけど、映画のなかには2人、ほのかに恋慕を寄せる女性が登場します。ひとりは学生時代、映画デートして(見たのは学生運動がモチーフになるバーブラ・ストライサンド、ロバート・レッドフォードの『追憶』)、喫茶店で活動への思いを熱弁していたら「桐島君、時代遅れだよ」と突き放されたヨーコ。もうひとりは神奈川で職を得て(人手不足のため、履歴書不要で仕事が決まりました)、「内田洋」として暮らしていた頃、ライブハウスで歌っていたシンガーソングライターのキーナ。キーナはギター弾き語りで河島英五の『時代おくれ』を歌うんです。僕はキーナという女性が実在したかどうか知りません。「内田洋」(報道では「うっちゃん」と呼ばれていたようだけど、映画のなかでは「うーやん」)にギターを手ほどきし、ライブハウス主催のボーリング大会ではオーバーアクション気味に彼に抱きついてくる。惚れてまうやろー、です。もちろん、キーナの歌う『時代おくれ』は、かつてヨーコが吐き捨てた「桐島君、時代遅れだよ」に呼応している。


 「目立たぬように  はしゃがぬように…」と続く『時代おくれ』の歌詞は孤独な逃亡生活を続ける桐島を肯定してくれるんですよね。惨めで救いのない桐島の半生を歌声が肯定してくれる。ああ、この映画は高橋伴明監督(若き日、学生運動に傾倒していた由)からの鎮魂のメッセージでもあるんだなと思います。宇賀神寿一の追悼手記、「桐島のやさしさが多くの人に親しまれていたのだろう。そうしてあるがままに生きた桐島に公安警察は負けたのだ、ということを多くの人が知ってしまった。警察は地団駄を踏んでいるのが見えてきた。桐島は警察に勝ったのだ」を取り上げたのも、オーラスでパレスチナに潜伏してるらしい謎の女、アヤ(高橋惠子がワンシーン出演!)に「桐島君、お疲れ様」とそっとつぶやかせるのも、そういうことなんだと思います。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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配給:渋谷プロダクション

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