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『おばあちゃんと僕の約束』、タイの家族のありよう【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.80】

©2024 GDH 559 CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED

『おばあちゃんと僕の約束』、タイの家族のありよう【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.80】

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 舞台は現代のバンコクです。トンブリー地区、タラート・プルー駅の光景が映る。金色のワット・パクナムの大仏が見えて、ああ、タイはいいなぁと物語に引き込まれます。タラート・プルーはわりとごちゃごちゃしたところで、店なんだか屋台なんだか市場なんだか路地なんだか混然一体となってる印象があります。バンコクで最も早く華僑が住み、チャイナタウンが形成された場所というふうに聞いたことがある。今、チャイナタウンはヤワラー(金行街)に主流が移っているけど、タラート・プルーにもその名残りがあります。そのタラート・プルーの中国系タイ人家族の物語です。


 タラート・プルーにおばあちゃんが住んでるんです。ダンナさんは亡くなり子どもたちは独立して、ひとり暮らし。ずっとお粥を売って生計を立ててきました。そのおばあちゃんを孫のエムが訪ねていくところから話は始まる。エムはゲーム実況の配信のために大学を辞めちゃった、ちゃらんぽらんな青年です。エムは性根の悪い奴じゃないんだけど、根気がなく考えが足りない。おばあちゃんは大腸がんのステージ4なんですね。検査の結果、余命1年だとわかる。エムは母親からそれを聞かされて、おばあちゃんの財産目当てで孝行の真似事を始める。母親はぶらぶらしてる息子がおばあちゃんの病院に付き添ったり、世話を焼いてくれるのを喜ぶけど、エムとしては打算でタラート・プルーに通うのです。


 おばあちゃんと(それぞれ独立した)家族のありよう、それはつまりタイの今ってことなんですけど、それが淡々と描かれていきます。清明節(4月、家族が集まって先祖の墓を祀り、お墓のまわりで春を楽しむ)のとき、顔を合わせてはいるものの微妙にすれ違っている感じ。同じアジア人の家族意識ってことなんでしょうけど、むちゃくちゃわかります。「親孝行」が建前にも呪縛にもなっている手触り。やっぱり、家族主義なんですよね。タテの繋がりが強い。僕は例えばアメリカのドラマを見たりしたときに、「いったん家を飛び出して、もう何十年と親に会ってない」とか「病院で親を看取って、医師が死亡宣告をしたら後も見ずにそこから立ち去る」とか、そういうディテールに、ええ~っとなってしまいます。アメリカのドラマではフツーによくあるんです。ちょっと日本人の家族観とか生活意識からすると違和感がありますよ。そこへいくと『おばあちゃんと僕の約束』(24)に描かれたタイのご家族(「親孝行」を建前としつつ、打算で動く。けれどもやっぱりタテの意識は消せない)は非常によくわかる。



『おばあちゃんと僕の約束』©2024 GDH 559 CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED


 僕はちゃらんぽらんな青年エムの目を通して、タイの「おばあちゃんまわり」を興味津々に眺めました。大病院を朝8時に受診するためには4時起きになること。8時、病院のフロアには沢山の靴や荷物がずーっと一列に並んでいて、そういうやり方で順番待ちをすること。春節が終わると(家族が訪ねてくるから)冷蔵庫にごちそうがたまり、それを一人で食べ続ける寂しい日々が始まること。


 淡々と描かれるのは「死」に近づいていくおばあちゃんの姿です。彼女は家族たちの打算に気づいても何も言わない。お金を盗られたり、家を不動産情報に出されたりするんですよ。もう「親孝行」のタイの家族意識は解体されているのかもしれない。みんな要はお金なんだ。寂しいことですね。


 エムはおばあちゃんに「誰がいちばん好きか?」、とても無邪気に尋ねます。誰をいちばん大切に思っているか、誰を愛おしく思っているか。おばあちゃんは困惑します。それは難しい質問ですね。遺産分与というか、経済合理性の観点からいうと、「いちばん好き」=「いちばん取り分が多い」かもしれないけれど、愛情はお金に換算できない。おばあちゃんにとって、みんな大事なんです。それぞれいいところも心配なところもあって、かけがえのない存在だ。みんな幸せに恵まれるように願っている。


 エムの孝行の真似事は果たして首尾よく財産に結びつくでしょうか。家を譲り受けるのは家族の誰になるでしょう。その意味でおばあちゃんは「誰がいちばん好き」なのでしょう。それは映画館でお確かめください。


 僕が言えることはラストシーンの美しさです。おばあちゃんの生涯最後の望みが叶う。「家族の再生」とか「青年の自立」とか、しちめんどくさいテーマをそこに見ることも可能だけど、これがね、ただただ美しいんですよ。風が吹いて、春の野山のいい匂いがして、じんわり泣けてくるんです。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido




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『おばあちゃんと僕の約束』

6月13日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開

配給:アンプラグド

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