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『大統領暗殺裁判 16日間の真実』、息詰まる法廷劇【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.85】

© 2024 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & PAPAS FILM & OSCAR10STUDIO. All Rights Reserved.

『大統領暗殺裁判 16日間の真実』、息詰まる法廷劇【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.85】

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 『大統領暗殺裁判 16日間の真実』(24)は韓国現代史の暗部を描いた法廷劇です。去年は『ソウルの春』(23)が話題を集めたでしょ。評判が評判を呼んで2024年夏の日本はちょっとした「粛軍クーデター」ブームになった。まぁ、映画ですから「史実に基づいたフィクション」ではあるんだけど、むちゃくちゃ迫力ありましたね。で、あまりにも面白かったから、アマプラでイ・ビョンホンの『KCIA 南山の部長たち』(20)が見返される流れになった。


 『大統領暗殺裁判 16日間の真実』はちょうどこの2つの作品、『KCIA 南山の部長たち』と『ソウルの春』の間に入る映画です。1979年10月26日の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺の後、同12月12日の全斗煥(チョン・ドゥファン)陸軍少将らハナ会を中心とした「粛軍クーデター」が起きるまでの短い期間の物語。大統領暗殺事件の首謀者はキム・ジェギュKCIA部長だったわけですが、その指示によって警備員を射殺するなどした現役軍人がいたんですね。史実ではパク・フンジュ大佐ですが、『大統領暗殺裁判 16日間の真実』ではパク・テジュという名前になっている。犯行集団のなかで唯一の軍人だから、軍法会議にかけられるんですね。このパク・テジュを弁護するべく選ばれたのが、利にさとい俗物弁護士のチョン・インフでした。正義感の人権派弁護士じゃなく、普段、欲得で仕事してるようなチョン・インフが関わるところが面白いですね。


 パク・テジュ大佐役にイ・ソンギュン。弁護士チョン・インフ役にチョ・ジョンソク。この2人が物語をけん引します。まぁ、通常の意味での「主役」はチョ・ジョンソクですけど、大変残念なことにこの映画はイ・ソンギョンの遺作になってしまったので(映画のラストに追悼の辞が入ります)、イ・ソンギュンの芝居は絶対見逃せません。また役どころが「罪悪感に苛(さいな)まれる軍人」ですからね。抑制の効いた芝居が続く。気持ちのこもった熱演です。イ・ソンギュンが最後に演じたのは「自らの職責と運命を受け入れる男」でした。


 物語のなかでパク・テジュ大佐と弁護士チョン・インフは「接見」を繰り返します。最初はまったく水と油のようでした。パク・テジュ大佐は木で鼻をくくったような対応しかしない。彼は本当のことしか言わない。法廷戦術の類いを拒否します。チョン弁護士は放ってはおけず、必死に知恵をしぼります。最初は(短期間に結審する)軍法会議でなく、一般の裁判に持ち込めないか手を尽くします。それが無理とわかると、今度は「彼は軍人として上官の命令に従っただけだ。そこに彼自身の意思はない(犯意の不在)」というロジックを考え、法廷で押そうとする。パク大佐のためにけんめいに働くうち、チョン・インフは人権派弁護士以上の人権派弁護士というのか、社会の公正さや理想のために粉骨砕身努力する「闘う弁護士」に変貌していく。



『大統領暗殺裁判 16日間の真実』© 2024 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & PAPAS FILM & OSCAR10STUDIO. All Rights Reserved.


 その変貌は(10月から12月の)ほんの短い間に起きるのです。この映画のミソは「大統領暗殺」と「粛軍クーデター」という韓国史上の2つの大事件の間の空気感を伝えていることです。「大統領暗殺」は全斗煥(チョン・ドゥファン)にとっては幸運なめぐり合わせであり、彼は短期間に準備を整え、クーデターで国家を簒奪するのですが、『大統領暗殺裁判 16日間の真実』のなかでは合同捜査団・団長チョン・サンドゥと名を変えて登場します。パク大佐の裁判を盗聴し、裁判官に圧力をかけて、随時メモで指示しコントロールするむちゃくちゃ悪い奴ですね。もちろんチョン・インフ弁護士も脅され、リンチを加えられる。裁判も非公開とされ、驚くほどの早さで死刑が決まってしまう。その「ほんの短い間」の空気の変化ですね。チョン・インフ弁護士が軽口を叩いていられた時期と、弾圧を受けて全身アザだらけになるような時期が「ほんの短い間」に移ろってしまう。その怖さはハンパないです。


 しかし、全斗煥(チョン・ドゥファン)、この映画のなかではチョン・サンドゥですが、この人物の悪辣さですね。『ソウルの春』ではファン・ジョンミンが演じ、本作ではユ・ジェミョンが演じていますが、この役は俳優はやりがいあるでしょうね。粛軍クーデターで大統領に成り上がり、強権を発動して韓国を「幸せの国」(『大統領暗殺裁判 16日間の真実』の韓国語原題)から最も遠い場所にしてしまった男。神戸大・木村幹さんの評伝『全斗煥 数字はラッキーセブンだ』(ミネルヴァ書房)は印象的な書き出しで始まります。


 「『虐殺者 全斗煥、反省なく死亡』(ハンギョレ新聞、2021年11月23日)


 社会にはある人物が亡くなった場合にのみ用いられる特別な用語がある。例えば英語では『die』という直接な表現が嫌われる場合に『pass away』が用いられる。一国の君主の死に対しては、日本語の『崩御』に当たる、『demise』という特別な語も用意されている。


 勿論、それは韓国語においても同様である。例えば、偉大な政治家や宗教的指導者、更には芸術家ら、『非凡な人物』の死に対して用いられるのは『逝去』という語である。他方、一般的な『目上の人』の死に対して用いられるのは『別世』という言葉になる。(中略)


 併せて社会的知名度のある人物の死に対しては、氏名の後に生前の主要な職名が、『前』や『元』の字をつけずにそのまま付せられる事が多い。つまり、『金大中大統領逝去』、『パウエル国務長官他界』といった表現になる。(中略)


 だからこそ、韓国においては、ある人物が死去した際に、どのような用語が用いられるかで、その時点での死者への評価が如実に現れる。冒頭に示したのは、2021年11月23日、韓国の第11代及び第12代大統領を務めた全斗煥の死を、韓国を代表するリベラル紙である『ハンギョレ新聞』が報じた際の表題である」(序「死者の評価 ー韓国で最も嫌われた元大統領」より)


 韓国現代史を扱った映画で全斗煥(チョン・ドゥファン)がどう造型され、どう演じられてるかは注目度の高いポイントです。まぁ、大概は身がすくみ上るほど怖いんですけど。ユ・ジェミョン演じる「チョン・サンドゥ」も強烈でした。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido




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『大統領暗殺裁判 16日間の真実』

8月22日(金)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA他全国公開

配給:ショウゲート

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