
©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会
『宝島』、見ないですませてきた沖縄のリアル【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.87】
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僕は真藤順丈の直木賞受賞作『宝島』に先にハマった口なんです。大友啓史監督(『るろうに剣心』シリーズ、NHK大河ドラマ『龍馬伝』など)で映画化されると聞いたときは、いやこれ、どうやって映像化するんだろうかと心配になりました。真藤順丈の小説『宝島』は魂のエンターテインメントです。そこに近現代の世界史・日本史がぶち込まれている。僕らが観光で立ち寄る沖縄にどんな怒りや無念の思いが埋もれているか、どんなエネルギーやバイタリティが渦巻いているか、叩きつけてくるような物語です。そもそも沖縄の人が「アメリカ世」と呼ぶ米軍統治時代のリアルが映像化できるのかなぁと思いました。これはダブルの意味合いがあります。1つは現に「アメリカ世」を生きた沖縄人にとってリアルかどうか。もう1つはその沖縄戦後史がブラックボックスになってる(つまり、リアルを見ていない)ヤマト=本土の日本人にとってリアルかどうか。
まぁ、それはキャスティングにも言えることですよね。オンが永山瑛太、グスクが妻夫木聡、ヤマコが広瀬すず、レイが窪田正孝って、「4人に1人が亡くなった」沖縄の戦禍をくぐった世代としては顔が整いすぎ、スタイルが良すぎる。僕が小説読んでイメージしていた主要人物はもっとごつくて、土の匂いのする連中です。何人かの沖縄の友達がパッと浮かんでた。強烈な日差しに晒されるから肌の質感も違うんですよ。ちょっと『宝島』やるには美男美女すぎるんじゃないかなぁと思ったんですね。
トップシーンは戦果アギヤー(「戦果を上げる者」の意、戦争孤児らが米軍基地に忍び込み物資をくすねる)が嘉手納基地でジープに追われるカーチェイス&銃撃シーンです。彼らは物資を奪い、疲弊し困窮した人々に分け与える義賊のような存在です。沖縄戦が終わってもそういう形でアメリカと闘っている。戦果アギヤーのクルマは追いかけてきた米軍ジープにハチの巣にされるんだけど、何かみんな楽しそうなんですよね。ボス格のオンちゃんが窮地のときこそ「笑え!」と指示する。で、笑いながら逃げまどい、戦果アギヤーの悪童たちはオンちゃんとはぐれてしまう。この導入部にいきなり持っていかれます。おお、こりゃ面白いって感じ。逃げたオンちゃんが基地の敷地内でウタキ(沖縄の聖地)に出くわすのもいい。鬱蒼とした森のなかに忽然とウタキが現れる。そりゃそうですね、基地は強制的に接収されたものだから、敷地内に墓所があったりする。そこで神隠しに遭ったようにオンちゃんは消えてしまうのです。
『宝島』©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会
小説はオンちゃんが消えてからが面白い。オンちゃんは米軍統治下の沖縄でずーっと闇のなかにいる。生死不明で噂だけがひとり歩きしている。ただ戦果アギヤーの幼なじみの仲間たちは皆、オンちゃんの存在を感じながら生きていくのです。中心が不在になっても、中心は中心なんですね。民衆や仲間が覚えている限り、英雄は消えない。いつ帰ってきてもいいように自らを律する。焦がれるように帰還を待望する。
まぁ、媒体特性もあるのですが、「混乱期沖縄の英雄がどこへ行ったか?」のミステリー、それから登場人物の心の揺れみたいなものは、小説で読んだほうが細部までわかると思います。やっぱりディテールが書き込めますからね。それから小説の優れたところは、「ん? どういうこと?」と思ったところで止まれるんです。わからないところは前のページへ戻って確かめて来られる。あるいはいったん本を閉じて自分なりに考えることができる。映画は時間芸術ですから止まりません。「ん?」と思っても、すぐ次のシーンになってしまう。変に考えごとしてたら次の大事なシーンがお留守になったりする。
ただ映像化が圧勝する点があります。現物を見せる力。もちろん「現物」といっても再現なわけですけど、僕はね、1970年のコザ暴動をこんなでっかいスクリーンで見るなんて思ってもみなかった。断片的には写真でも見たし、本で読んだことがある。大人になってからコザの町を歩いてみたこともある。だけど、『宝島』の映像には敵わない。僕ら本土の日本人が見られなかったもの。見ないですませてきたもの。コザ暴動に限らずです。それを『宝島』は具体的に見せてくれる。
史実ですから時代考証をはじめ、下調べの類いは膨大だったでしょう。戦後沖縄の服装や民俗習俗、方言指導、米軍の銃器兵器、飛行機や車両の確認、米兵の犯罪に関する資料も当たる必要ありますね。沖縄ヤクザ、民族派の実際も調べられる限り調べる。それが「世界をそっくり作る」責任です。映画『宝島』はそれに成功している。ホントに「アメリカ世」の沖縄がそこにあって腰を抜かしますよ。
それからキャストが美男美女すぎる件ですが…。ま、僕は3時間強の上映時間をグイッと持っていかれた人間なので、そんなことは気にならないと申し上げます。もしかするとシュッとしたスター俳優がリアリティを損なっている面があるかもしれませんが、そのおかげで多くの映画ファンが「アメリカ世」沖縄を目にすることでしょう。この映画は華があります。それは素晴らしいことです。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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