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『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』、不思議な爽快感【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.88】
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『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』(24)は不思議な作品でした。冒頭から何度も同じ場面が繰り返されるような趣向で、いやこれは一体どういうことなの?、と驚いた。理屈にすれば、もしかしたら日常というのは無限の反復だということかもしれないけど、実際、映像で目にすると変な感じなんですよ。時と場所が停滞している感じがする。同じ街角、同じ場面、同じシチュエーションで時が停止して、登場人物がそこから抜け出せない感じがする。ああ、この映画、石田忍道さんという監督さんは当たり前の撮り方をしないんだなと思う。実験的な手法といえば実験的なんだろうけど、受け取る印象はすごく素直な作品です。
端的に言いますね。僕はむちゃくちゃ面白かった。個人的には宮沢章夫さんの芝居を連想しました。ナンセンスとセンスの波打ち際で物語が進行するような感触。
面白味のないまとめ方をすると、これはひきこもりについての映画だろうと思います。舞台は住宅街の町中華(あんまり流行ってない)。店主の牧原和章はなんかよくわからないんですけど、居候店主なんですね。木下家が営む町中華で(亡くなった先代店主に代わって)もうずっと中華鍋をふるっている。で、娘の木下美和というのがひきこもりっていう設定なんだけど、PCで未完の物語を書き続けているんだなぁ。特に仕事はしていない。作品がいつまでに仕上がるってアテもない。で、牧原は美和に賄いのオムライスを出してやる。
「書くものがいつまでに仕上がるアテもない」に関しては、僕は40年以上のキャリアを持つベテランです。とってもよくわかる。毎日毎日、夜中に机に向かってうんうん唸っていて、これは学齢期に勉強をサボった報いだろうかと思います。バチが当たった。万年受験生のような生活。やめちゃって、手放しちゃえばいいのに作品には拘泥している。停滞ってことなら永遠の停滞です。そこから抜け出せない感じがする。
牧原はそんな美和を許容していますね。そっと賄いのオムライスを出す。美和も居心地がいいのでしょう。オムライスを食べ、町中華のテーブルでPCを広げる。で、面白いと思ったのはたまたま来た客が美和のオムライスを見て、自分も食べたいと言い出すんです。実際、美味しそうなオムライスではあるんですけどね。大事なとこはたぶんそこじゃないんだと思います。
『ライフ・イズ・ビューティフル・オッケー』©Life is Beautiful Okay
賄いのオムライス。それって身内っていうか、「許容された関係性の内部」の食べものですよね。メニューにないんだから「商品」ではない。したがって社会性のない食べものです。あくまでこっちだけのもの。居候店主とひきこもり娘の停滞している日常。その賄いのオムライスを客が食べたいと言い出したとき、社会性が発生するんじゃないですか。「商品」じゃなかったものに初めて値段がつく。「商品」になる。停滞している日常に小さな変化が生じる。まぁ、そこからの展開はあまりにも奇天烈で僕にはまとめて紹介する力がありませんが、とても爽快感があると申し上げておきます。展開の奇想に僕は宮沢章夫さんを連想したのでした。
役者の話をします。町中華の店主、牧原の役をやったのが田丸大輔という人なんですが、すごく良かった。ていうか、この映画の成否は牧原にかかってるといっても過言ではありません。物語のキートーンのようなものを牧原のキャラクターが形づくっている。そんなに台詞多くないけど、表情とか芝居で魅せるんです。この人に好感を持つかどうか温かみを感じるかどうかで、この奇想の物語の推進力は大きく変わる。また厨房のふるまいがいいんだな。実際調理してるところを撮ってるんだけど、ほどよく適当でいいんです。
監督の石田忍道さんは一見、武術家みたいな名前ですけど、実際お会いするとロックアーティストみたいな風貌ですね。手元に脚本製作時のメモっていうのがあるんですよ。僕はせっかく映画撮ったのにイタリア映画の『ライフ・イズ・ビューティフル』(97)そっくりの名前で損しないかなと思ったんだけど、このメモを見て納得しました。実験的とか奇想とか言いましたけど、石田監督はこんなにストレートな思いで作品を作った。
「障がい、人種、その他、全て関係ない。
配慮は必要だが優遇、特別扱いともまた違う。
『そこにいていい』世界を。
非認知で生きろ
『ライフイズビューティフルオッケー』」
大きな取り上げられ方はしないかもしれないけど、僕はおススメします。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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10月4日よりユーロスペースにてロードショー
配給:ひと夏の冒険出版
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