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『ツーリストファミリー』、人と人を結ぶもの【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.97】
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例えば『侍タイムスリッパー』(23)、例えば『リバー、流れないでよ』(23)、例えば『カメラを止めるな!』(17)、ローバジェットで制作され、特に有名な俳優さんが出てるわけじゃないのにヒットする映画が日本にもありますね。単館上映からスタートしたのに口コミで面白さが伝わって、どんどん上映館が増えて、ついには海外でも評判を取るような、そんな感じの映画。
インド映画『ツーリストファミリー』(25)はまさにそれです。低予算の新人監督作品でありながら、『RRR』(22)のS・S・ラージャマウリ監督が「この作品を見逃すな。心温まり、そして捧腹絶倒のユーモアに最後まで引き込まれっぱなしだった。素晴らしい脚本と監督、近年稀な映画経験に感謝したい」とコメントしたり、『ムトゥ踊るマハラジャ』等で知られるインドのスーパースター、ラジニカーントが「スーパー! スーパー! スーパーだ! 並外れてる!」と絶賛したことなどで、2025年異例のロングラン上映となり、ついに翌年、海を渡って日本公開を実現させた。嬉しいことですね、こういうのって「映画の夢」ですよ。アイデアや優れた脚本、映画への愛を抱えた無名の監督さんが国境を越えて多くの観客に作品を届ける。
で、「国境を越えて」がこの映画の主題なんです。経済破綻したスリランカでの困窮生活に見切りをつけ、夜陰にまぎれインドに密入国した家族の物語です。小舟で命がけの逃避行をしたわりには、何かこうユーモラスというか、とぼけた味わいのある一家なんですよ。父、ダースは何事にも一生懸命な男。母、ワサンティは温かい思いやりの人。長男のニドゥは熱いハートの持ち主。末っ子ムッリは機転のきく、面白い少年。映画が進むにつれ、たぶん誰もがこの一家を好きになります。彼らはかつて「マドラス」と呼ばれた南インド、タミル・ナードゥ州の州都チェンナイにやって来た。

『ツーリストファミリー』© Million Dollar Studios © MRP Entertainment.
チェンナイには母、ワサンティの実兄プラカーシュがいて、色々手引きをしてくれるのですが、スリランカとインドでは生活習慣や言葉が異なり、そのギャップがくすぐりになって、全編を笑いで包みます。で、ここが大事なところですが、その習慣や言葉のくすぐりが僕ら日本人にはピンと来ないというか、正直わからないんです。言葉の話をするとスリランカ人家族が話すのも、チェンナイの人々が話すのも同じタミル語なんですね。ただ厳密に「同じタミル語」かというとそうではない。まぁ、方言みたいなものだと思うんですが、言い回しが違ったり、訛りがあったりする。僕はタミル語を解しませんから字幕だけが頼りなんですけど、例えば父、ダースは度々「話す」を「語らう」と古語表現する。そこが笑いどころなのはわかるんだけど、悔しいかな、ニュアンスがわからないんだなぁ。
僕はこれはチャレンジだと思ったんです。日本は今、秘かなインド映画ブームですよね。それこそ『RRR』のヒットもあったし、熱烈応援の「マサラ上映」も定着している。ただやっぱり人気スターがいて、歌や踊りやアクションがあって、みんなで盛り上がれるのが望ましいと思うんです。なのに『ツーリストファミリー』はスター不在、一応歌も踊りもあるんですけど、土台になってるのはカルチャーギャップの笑いです。これが通じるのか。日本のインド映画愛はそれだけの深度まで達しているのか。
だから僕は「あるあるネタ」を連発されて、ちょっとピンとは来てないながら、へー、そういうことがあるのかぁ、と学習していく感じになりました。たぶん「外国の日本アニメファン」ってこんな感じだと思うんです。こないだ人に聞いて笑ったのは、外国人のアニメファンにスイカ割りをさせるオプショナルツアーがあるそうなんですね。外国で日本アニメ(たぶん水着回)を見てた人は、「あのビーチで目隠しして棒持ってやってるのは何だろう?」って謎らしいんです。で、その謎の「日本アニメあるある」を勉強して、いつか体験してみたいと憧れを持っている。そういう人のためのオプショナルツアーなんですね。僕もアウトサイダーとして「タミル語あるある」を学習する感じでした。もちろんまだ「語らい」体験のオプショナルツアーには参加できませんが。
ただね、細かいくすぐりはわからなくてもこの映画はぜんぜん問題ないんです。国境を越えて、人と人が結びつく真心、人の情、おせっかいや親切心、それがわかるんだったら細部はすっ飛ばして、映画の主題はどストライクに伝わります。そして温かい感動に包まれます。映画は冒頭に断り書きが出ますが、決して不法移民や密入国を肯定する意図でつくられてはいない。だけど、ICEが跋扈し、不寛容な排外主義がうごめくこの時代にこそ必要なメッセージを発します。とても素晴らしい映画ですよ。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『ツーリストファミリー』
新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー中
配給:SPACEBOX 配給協力:ラビットハウス
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