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『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』、ティモシー・シャラメを称えよ【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.99】
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これはもうティモシー・シャラメを称えるしかない映画です。最高。むちゃくちゃ面白い。あり得ないくらい美形っていうかカッコいい俳優さんなんですが、こんなデタラメな人物もやり切っちゃうのか。すっごい笑えるし、魅力的ですよ。ミッドセンチュリーのNYにひとり突出して電圧の高い男がいる。親戚の靴屋で働いているが、本当は卓球選手です。その名はマーティ・シュプリーム。シュプリームだから「最高の」とか「至高の」って意味ですね。1950年代、実在の卓球選手でマーティ・リーズマンという人がいたそうなんですが、その人をモデルに、あることないこと付け足して寓話的な作品にした。リアルストーリーじゃなく、全体に色味がダークで夢のなかの出来事みたいなんです。
描かれるマーティ・シュプリームは簡単に言うとバカタレです。ちょっとどうなんだろうと思うくらい身勝手で、ウソつき、ハッタリ屋、性欲と出世欲にまみれたゲス野郎なんです。なんですが、とんでもない魅力を放っている。これは俳優ティモシー・シャラメのカリスマ性ですね。映画のなかで登場人物が次々その口車に乗せられるんですが。観客である我々もグイグイ持っていかれる。まぁ、映画のチケット代の8割9割はティモシー・シャラメに払ってるつもりでご覧ください。それくらいの価値があります。
で、このマーティという男の人物造型ですけど、何よりも傑作なのは卓球への異様なこだわりですね。卓球です。アメリカのスポーツで卓球が人気になったことなんてないでしょ。よく学園もので描かれる通り、ハイスクールの花形はアメフトのクォーターバックです。女子はチアリーダー。まぁ、アメフトじゃなかったらアイスホッケーとかマッチョ系のチームスポーツですね、仲間内の結束力の強い。そういうのがスクールカーストの上位を占めるイメージです。卓球はない。そこが面白いです。マーティは孤独ですね。一人でできる卓球を得意にしている。たぶんハイスクールではカースト上位の連中から笑われてたでしょう。だけど卓球の才能には恵まれていた。マーティの人物造型にはそういうコンプレックスと熱情がないまぜになっている。

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』© 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.
マーティはすぐにでも卓球で世界を塗り替えるくらいなことを言う。革命を起こし、自分はスーパースターになると言う。そんなのもちろんハッタリなんだけど、むちゃくちゃなハイテンションだからみんな何となくペースに巻き込まれてしまう。エキセントリックな道化(トリックスター)の役回りですね。道化はやがて金策に窮したり、嘘がバレたり、驚くような失敗をするなどして、自分で自分のケツを蹴り出し、物語から退場してしまう。
では、我がマーティ・シュプリームはどうなのか?物語のクライマックス、マーティは卓球の世界選手権を戦うために日本を訪れる。ロンドン大会で一度は破れた宿敵エンドウを倒し、栄光を掴み取るために。エンドウ役はデフリンピック日本代表の川口功人選手(トヨタ自動車)が演じました。時代相をいえばミッドセンチュリーは日米戦争の直後ですね。敵役を川口選手は見事やり抜いた。大変な好演です。
で、映画のなかで描かれる日本がいいんですよ。オリエンタリズムと悪意とユーモアをミックスしたような「幻想のニッポン」が舞台になる。冒頭でも言いましたけど、絵が全体にダークトーンで、まるで「マーティの見た夢」の情景みたいです。今、舞台って言葉を使いましたけど、本当にマーティのリベンジマッチは上野の水上音楽堂みたいな野外ステージで行われるんですよ。舞台の上でマーティとエンドウの死闘が繰り広げられ、日本人の観客は並んでそれを見上げてるんです。さすがに戦後まもない日本でも体育館ぐらいあったでしょう。だからこれはリアルスポーツの映画じゃなくて、寓話的というのか、「マーティの見た一睡の夢」って感じなんですよ。
果たしてその「マーティの見た夢」は悪夢なのか、それとも吉夢(悪夢の反対語はこう言うそうです)なのか。観客は物語のジェットコースターに乗せられて、一体どこにたどり着くのか。クライマックスの死闘を(舞台下の)客席の、僕らは更に外側、令和ニッポンの映画館の客席から見つめるわけですね。マーティとエンドウの死闘は昭和と令和、「二重の日本人観客」に見つめられる。日本武道館で喩えるなら映画のなかの客席がアリーナで、令和の映画館は2階席3階席ってところです。他の国の観客にはない、ちょっと特権的なことだと思いませんか。皆さん、心のなかでエンドウを応援しましょう。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』
3月13日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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