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『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』、怖すぎて笑えてくる【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.106】

©2024 Hyenas Rule Ltd

『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』、怖すぎて笑えてくる【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.106】

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 『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』(24)という邦題を見ただけで、配給・宣伝スタッフのノリノリぶりが伝わってきますね。元ネタはもちろん近田春夫率いるジューシィ・フルーツ、1980年のテクノ・ポップ曲『ジェニーはご機嫌ななめ』です。世代にもよるでしょうが、邦題を見ただけでサブカル系センサーに引っかかる。むちゃくちゃ面白そうな映画だぞとピンと来るんですね。僕は意外とこの「スタッフのノリノリぶり」って信用しているところがある。例えばインド映画の公開時って配給・宣伝の方がどう見ても嬉しそうですよね。スタッフと観客が「共犯関係」っていうか、同じファン心理、マニア心理で動いてる感じがある。『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』、グッと来ますよ。しかも、中身はサイコスリラーだという。そんなもん、見なきゃ損でしょう。


 では、ジェニー・ペンとは何者か? これが人形なんです。手操り人形(ハンドパペット)。心療内科のセラピーで「ドールセラピー」っていうのがあるんですけど、そのために作られた赤ちゃんの形をした人形。これは例えば自閉傾向がある幼児、児童などが感情やコミュニケーションを表出する手助けになるものですね。遊びを通して心を解放してやる。で、この映画の舞台、ニュージーランドでは高齢者向けにも用いられてるそうなんです。というわけで、ニュージーランドの高齢者向けケアハウスに観客は誘(いざな)われることになります。映画は冒頭、法廷で老判事、ステファン・モーテンセン(ジェフリー・ラッシュ)が倒れるところ以外は基本、高齢者向けケアハウスのなかだけで推移します。病院もそうだけど、老人ホームやケアハウスって管理され、閉じられた空間ですね。別の言い方をすると密室、ブラックボックスです。なかで何が起ころうと外部にはわからない。


 ストーリーはシンプルです。老判事、ステファン・モーテンセンは法廷で倒れて引退を余儀なくされ、郊外の高齢者向けケアハウスに入居する。法廷での彼は正義感にあふれ、威厳をたたえた立派な紳士だったが、ケアハウスでは車椅子が頼りの、力弱い老人でしかない。そこにデイヴ・クリーリー(ジョン・リスゴー)という、老人たちを支配する恐るべき入居者がいる。デイヴは職員の目を盗んで陰湿ないじめを繰り返し、暴君のようにふるまっている。ハウスにはかつてのラグビーのスター選手、トニー・ガーフィールド(ジョージ・ハナレ)も入居しているが、デイヴの前では見る影もない。デイヴはトニーに対し、相棒(?)の人形、ジェニー・ペンの尻を舐めるよう強要し、トニーは毎回それに従う。



『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』©2024 Hyenas Rule Ltd  


 登場人物が少なく、場面転換が限られるのでこれは「芝居」の映画です。サイコスリラーといっても特殊効果は使わない。まぁ、いわばデイヴ役のジョン・リスゴーと老判事ステファン役のジェフリー・ラッシュの芝居合戦といったところです。これが見応えありますよ。老判事ステファンは「不安がる演技」「恐怖する演技」「屈辱に耐える演技」といった抑えたものが多いんだけど、デイヴの方はウキウキの大はしゃぎです。申し訳ないけど、僕は随所で爆笑した。漫才のナイツ塙さんの「小ボケ」の手法ってあるじゃないですか。デイヴは「小イヤ」っていうのかな、小さな嫌なこと思いつくの天才なんですよね。実によく気がつく。で、「小イヤ」を間断なく繋げる。もう、しょうがない奴なんです。よくあそこまで思いつく。


 あと、ちょっと躁状態になってダンスしたりするんだけど、これが上手い。意味なく身体が動く。若い頃、踊ってたんでしょうね。自分の無価値な人生を述懐するシーンがあるけれど、どんなにパッとしない暮らしでもダンスは踊ってたんだと思う。そこは謎ですが、どう見ても芸人はだしなんです。ダンスはデイヴの異常性を際立て、入居者の老人たちを威嚇するために使われんだけど、「そこまで踊るか!」とつい心のなかでつっこみたくなります。


 しかし、高齢者ケアハウスってひとつ間違えたら恐怖の温床ですね。特養老人ホームで職員による暴力が常態化していた、なんてニュースを目にします。僕は以前、杉山とく子さんっていう30代から老け役一本でキャリアを重ねてきた役者さんの聞き書きの本を作ったことがあるんです。杉山さんは晩年、老人ホームに入居し、そこからテレビドラマの現場に通われていた。


 僕はインタビューで杉山さんに「老人ホームの暮らしで気をつけることは何ですか?」と尋ねたんです。と、「距離を保つことです」と即答が返ってきた。誰か入居者と親しくなるのもよくないっていうんですね。誰かと親しくなれば、そのつもりはなくてもグループに組み込まれて、別の誰かと反目する羽目になる。つかず離れず。敵も味方もいない一匹狼がいいっていうんです。これは驚きました。老人ホームってそんなに気をつかう場所なのか。でも、『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』をご覧になった方はわかりますね。ずっと人間関係が固定して、どこにも逃げ場がないんです。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



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『ジェニー・ペンはご機嫌ななめ』

新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中

配給:エデン

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