1. CINEMORE(シネモア)
  2. NEWS/特集
  3. 『ロングウォーク』、S・キングが最初に見た悪夢【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.107】
『ロングウォーク』、S・キングが最初に見た悪夢【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.107】

©2026 Lions Gate Ent. Inc. All Rights Reserved.

『ロングウォーク』、S・キングが最初に見た悪夢【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.107】

PAGES

  • 1


 父が作りつけの書棚に『SFマガジン』を創刊号から並べるようなタイプだったので、スティーヴン・キングは初期作品から我が家にありました。70年代だから僕は高校生です。『キャリー』や『呪われた町』を夢中になって読んだ。訳者の永井淳さんはずーっと身近にいる親戚(?)みたいな存在です(もう一人、親戚(?)感覚なのは白石朗さん)。近著の『アウトサイダー』や『異能機関』『フェアリー・テイル』まで読んでるから、もう50年ぐらいキング読みを続けている。まぁ、こういう読者は世界じゅうにいっぱいいると思うんですよ。で、『ロングウォーク』(25)の公開を首を長くして待っていた。


 キング名義じゃなく、リチャード・バックマン名義で出版された本ですよね。扶桑社ミステリー文庫の『死のロングウォーク』。キングという人は書きたくて書きたくてたまらない人ですから、当時アメリカの慣例だった「作家は年一冊」じゃガマンできなくて、リチャード・バックマンという筆名で『痩せゆく男』などの作品を世に送り出した。だけど、リチャード・バックマン作品もベストセラーになってしまうんです。わりとあっさり「キングのもう一つの筆名」ってバレちゃうんですね。さすがモダンホラーの帝王。『死のロングウォーク』は60年代、まだキングが学生だった頃に書かれた作品だそうですね。幻の処女作。一般的にはデビュー作の『キャリー』がそう呼ばれるんだけど、それより前に書かれたなんてファンにはたまりません。日本語訳が出版されたのは80年代の終わり頃でした。興奮しましたよ。処女作には作家の全てが込められてるって言うじゃないですか。


 で、読んでみるとこれが地獄としかいいようのない、とんでもない設定なんです。今の読者だったらたぶん福本伸行の『賭博黙示録カイジ』を連想すると思います。近未来のアメリカ、勝者に与えられるビッグマネーを目当てに沢山の若者がロングウォークに参加する。カイジほど「負け組」は強調されてないんですが、要するに皆、人生を変えたい若者なんですね。その動機だとか、やむにやまれぬ事情のようなものがそれぞれにあって、キャラクターが描き分けられている。これは全米にテレビ中継される残酷なショーなんです。いったん歩きだしたら最後の1人になるまで止まれない。コースを外れたり、一定の速度が守れなかったら容赦なく撃ち殺される。



『ロングウォーク』©2026 Lions Gate Ent. Inc. All Rights Reserved.


 僕は映画化を待ち望んでいました。今、カイジや『LIAR GAME』を見てきた日本の観客に『ロングウォーク』はどう映るだろうか。古典というか元祖「死を賭したゲーム」だと思うんです。設定がいささかも古びないというか、むしろ今っぽいともいえる。マーク・ハミル演じる「少佐」が絶対権力としてゲームを仕切っているんですけど、この設定がキング作品に通底する政府への不信を体現しています。ものすごく大雑把なくくりで言うと、アメリカという国は要するに若者たちの欲望や上昇志向や夢や希望を焚きつけにして、ロングウォークを強いているようなものじゃないかというわけです。


 映画化はなるほどなー、とヒザを打つ連続でした。ああ、あれってこういうことだったのか。心に描いていたアメリカのロードサイドがスクリーンいっぱいに広がる。そして脱落者たちの殺戮は思ってた以上に問答無用でした。死に理由はないんです。いいヤツだからとか可哀想なヤツだからとか、そういうことが意味を持たない。脱落したから撃たれる。逃げたから撃たれる。即物的です。ああ、人生に意味なんてあるんでしょうか。


 その問答無用感っていうのか、空しさのなかで人の心が軋(きし)んでいきます。まぁ、これって開催してる国家も狂気ならば参加してる若者も狂気ですよね。最初あんなにフツーの若者だったものが、どんどん追い込まれて変わっていきます。ただ結末は小説と映画で異なるんです。僕は見ていて、おお、こう来たかとびっくりした。まぁ、アレですね、小説っていくらでも内面が書き込めるじゃないですか。まぁ、心理描写もそうだし、人が心に抱えている地獄にも踏み込んでいける。その点、映画は絵で語らなきゃなりません。カメラは外側に表れたものを撮るんです。そりゃ小説と映画は媒体特性が違うんですね。


 ネタバレ回避でこれ以上は申しません。ただ映画のエンディングは絵として納得がいく。長年のファンとして大満足でした。ぜひスティーヴン・キングが最初に見た悪夢を追体験してください。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido




『ロングウォーク』を今すぐ予約する↓





『ロングウォーク』

全国公開中

配給:クロックワークス 

©2026 Lions Gate Ent. Inc. All Rights Reserved.

PAGES

  • 1

この記事をシェア

メールマガジン登録
counter
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. NEWS/特集
  3. 『ロングウォーク』、S・キングが最初に見た悪夢【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.107】