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『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』、届く力【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.113】

©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』、届く力【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.113】

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 話題騒然。塚本晋也監督の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は2026年映画シーンの「事件」じゃないでしょうか。本稿執筆時点で公開1週間ですが、8館限定公開で異例の大ヒット。もう朝の上映回からほぼ満席の状態です。ネットでは「なぜシネコンに掛からず、キノシネマ系列館だけなのか?」に関し、政治的な圧力があったのではないかとの憶測も飛び交います。いかに海外の映画祭で評価された(ベネチア国際映画祭、金の小獅子賞受賞)とはいえ、1本の映画がこれほど社会に強いインパクトを残すというのは画期的だと思います。


 「なぜシネコンに掛からず…」の件を先に片づけると、この映画は拡大必至です。心配ご無用。既に手を挙げている映画館があると聞き及びますし、国内の拡大にとどまらず、海外でも観客を獲得した『どうすればよかったか?』(24)みたいになっていくでしょう。まぁ、言ってみれば地味な反戦映画なので、エンタメ性はないんですね。それで8館限定公開って判断になったと思うんですが、逆に言うとキノシネマはこの映画の「届く力」を信じてた。僕はそこだけでもグッと来ます。


 塚本晋也さんは僕と同世代の監督さんで、80年代、『鉄男』(89)がヒットしたときも週刊誌のコラムで取り上げたし、そもそも『六月の蛇』(02)では同業の友人、神足裕司を役者として起用した人です。ものすごく親近感がある。で、『野火』(14)を撮ったときは感じ入った。あぁ、塚本さんは逃げないんだなと思った。戦争の怖ろしさ。人間の浅ましさ。こう、横っ面を引っ叩かれるような衝撃がありました。圧倒されて言葉にならない。また南洋の自然が美しいんだ。


 『野火』を撮った塚本さんが『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』を撮るわけです。これは必然ですよね。元アメリカ兵、アレン・ネルソンさんは平和運動の闘士でした。戦後、日本で講演活動を重ね、自伝は広く読み継がれてきた。映画の原作本は『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(講談社)です。ぜひ文庫でご覧いただきたいんですが、とても力のある本です。どう映像化するのだろうと僕は思いを巡らせた。



『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA


 で、映画を見られた方は皆さん、同じ感想を持たれると思うんですが、これがものすごくストレートなんですよ。ボクシングでいえば全くステップを使わないインファイト。足を止めて打ち合いに来ている。監督さんって心震える原作に出会ったときは見せ方をむちゃくちゃ考えますよね。だけど、この作品は「映画として面白くしてやろう」みたいな魂胆が見えない。「アレン・ネルソンさんの体験、言葉をしっかり届けよう」が勝っている。「届けよう」には海外の観客も想定されています。だから、英語で撮った。


 戦争を英雄譚のように謳い上げたい人たちには都合が悪いんでしょうけど、アレン・ネルソンさんの語るベトナム戦争の実相は悲惨そのものです。アレンさんはあるとき、前線で気づくんです。自分も含め、ここにいるのは貧しい階層の出ばかりだと。貧しくて軍隊に入れば食っていけると思った「ただの若者」が、訓練を通じ「アジア人は人間でなく、動物だ」と叩き込まれて戦地に送られる。そりゃ沖縄で兵士による犯罪(特に性犯罪)が後を絶たないわけだと思います。米兵はアジア人を動物だ(動物だから殺していい)と刷り込まれていたのだから。


 日本の反戦映画は空襲や原爆を描く「被害者の視点」のものが多いですね。だけど、『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は違う。加害者の視点なんです。戦争が終わっても加害者、アレン・ネルソンさんは苦しみ続けます。これは日本では昔、「砲弾病」と呼ばれたんですけど、戦争の心的後遺症、PTSDですね。人を殺すと心が耐えきれず歪むんです。仲間の死を見続けると心がずたずたに傷つくんです。戦後、帰還して身体はどこも異常なくても、戦争中の光景がフラッシュバックしたり、罪悪感に苛まれたりして、まともに暮らせなくなる。彼らは長らく「臆病者」のように扱われ、救済されることがありませんでした。戦争を美化したい側にとって都合が悪いからです。


 映画ファンは『タクシードライバー』(76)や『ディア・ハンター』(78)などの名作を通じて、ベトナム帰還兵の苦しみを知ってますね。それは(うまく言えないけれど)映画的に昇華された物語です。戦地でどんなことをしてきたかは想像にゆだねられる。殺したのだろうけれど、「人を殺しましたか?」とは問われない。塚本晋也監督はここを踏ん張ります。逃げない。ベタ足で打ち合う。誰にでも届くメッセージを映画に込めることにした。ベネチアの「金の小獅子賞」は若い観客の投票で選ばれるものです。ベトナム戦争を知らない、若い観客の届いたというのは素晴らしいことでした。


 どうか『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』をご覧ください。映画をもっと大きくしてください。上映館を増やしてください。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido



『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

kino cinema 新宿ほか公開中

配給:キノフィルムズ

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