徹底して演出するということ
Q:太賀さん・吉田羊さんともにかなり難しい役柄に挑戦されていますね。やはり、監督と色々とディスカッションされて、それぞれの役柄になっていったのでしょうか?
御法川:撮影現場で俳優と監督が交わすやり取りって、まわりのスタッフにも伝わり難いデリケートなものです。優れた俳優は、答えよりヒントを求めます。僕がしていることは、演じるうえでの違和感を外から見て気づいて、調整してあげる手助けです。やっぱり俳優って素晴らしい仕事で、様々な役を演じることで自分自身を高めていく存在なんですね。太賀さんと吉田羊さんは、人の感情の奥深くに分け入ることを恐れない、勇気ある探求者です。自分を良く見せようとする装いがまったくないですし、演じる役柄を美化せずに、愚かなところや未熟なところを、ありのまま演じることに身も心も差し出してくれました。ふたりと出会えたことで、改めて俳優という仕事に尊敬の念を抱きましたね。
Q:おっしゃるように、ありのままの二人がぶつかり合っているのを、スクリーンからビシビシと感じました。
御法川:うれしいです。映画が輝くときって、スクリーンに映る俳優たちの息遣いが高鳴る瞬間だと思います。今は映画もドラマも制作環境が厳しくて、意見を交わす時間を奪われがちなんですね。だから、俳優たちが任されちゃうわけです。カメラの前に立ったら、即座に演技の結果を見せなきゃいけないんですね。そこに演出の言葉が介在しなくても、いきなりカメラ回しちゃえっていう状況だったりします。
でも僕は、映画を作ることに真摯でありたいと思っています。俳優への信頼と愛情を込めて、つたない言葉であっても演出の言葉を届ける、見たいものを伝えることをおろそかにしたくないんです。優れた仕事に携わってきた俳優は、監督やスタッフを信頼する態度があります。
映画のラストで、子と母が川辺で語り合う大事な場面があります。その撮影の前の晩、自分の覚悟が決まらなくて眠れなかったんです。その迷いを太賀さんと羊さんに打ち明けて、ふたりの意見をもらって作り上げたシーンなんですね。僕がスタートの号令をかけて、カメラが回っている間、なにか神聖なものを目の当たりにしている興奮がありました。この映画だけに刻まれた、太賀さんと羊さんの感情を是非スクリーンで目撃してほしいです。映画の魔法にかけられたような時間を体験してもらえるはずです。
Q:そうですね。それはとても強く感じました。では最後に、このインタビューを読んでくださった皆さんにメッセージを。
御法川:深く重い題材を扱う映画ではありますが、僕は大きな意味のラブストーリーだと思っています。好きだっていう気持ちを相手に伝えるために、どれだけ人は七転八倒するのかっていう。
Q:確かに、七転八倒していましたね。
御法川:愛されたいと願うより、愛することの価値を描いたラブストーリーであり、どうしても諦めたくない想いを貫いた青年のサクセスストーリーでもあると思います。そして、なにをおいても太賀という俳優にとって、現時点の代表作と呼べる作品にしたかったんです。吉田羊という名優と真っ向勝負した太賀の演技を、多くの人が胸に焼きつけてくれたら本望です。森崎ウィンさん、秋月三佳さん、白石隼也さんたちの愛くるしい表情に満ち溢れていますし、いぶし銀の木野花さんから香る品格も堪能してもらえるはずです。笑って泣ける、心が沸き立つような明るいエネルギーを浴びてほしいと、祈るような気持ちです。
監督 御法川修
1972年生まれ、静岡県出身。助監督経験を経て、『世界はときどき美しい』(07)で監督デビュー。その後『人生、いろどり』(12)『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(13)『泣き虫ピエロの結婚式』(16)を発表。劇映画のみならず、ドキュメンタリー『SOUL RED 松田優作』(09)や、WOWOW放送の連続ドラマW「宮沢賢治の食卓」(17)「ダブル・ファンタジー」(18)など幅広い話題作を送り出す。人間を深く優しく見つめる眼差しと、笑って泣ける王道の物語を描き上げる確かな手腕に注目が集まっている。