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嵐電という電車はすごく映画館に似ているんです。『嵐電』鈴木卓爾監督【Director’s Interview Vol.28】

嵐電という電車はすごく映画館に似ているんです。『嵐電』鈴木卓爾監督【Director’s Interview Vol.28】

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電車は映画館に似ている



Q:嵐電と町自体が、ある意味この映画の主役になっていると思いますが、いわゆる「人」じゃない物体を映画の主軸に据えることは、監督としてどう演出していくものなのでしょうか。


鈴木:脚本を考えるときに、まず町の地図みたいなものを妄想し始めるところから始まりますね。今回みたいにロケ地が決まっている場合は、そこを歩き回るところから始まります。今回は嵐電の路線図に合わせて、そこにフィクションの地図を重ねていくような作業から始めました。


 また、僕自身、主人公は1人だっていう発想があまりないんですね。つまり、主人公を主観的に描くことを考えられないんです。主観性っていうのは、映画の場合もっと人間じゃないものが見てるのではないかって思うんです。そうすると、おのずと嵐電や町が主役になっていく気がしています。




Q:この映画では、嵐電や町が息づいている感じがしますよね。


鈴木:面白いことに、嵐電という電車はすごく映画館に似てるなって思ったんです。稲垣足穂っていう小説家が、「電車の窓から見える風景というのは、実際に存在する私たちの街の風景をAとした場合、この窓から今見えてる風景はAダッシュではないか。」と書いています。(「タッチとダッシュ」稲垣足穂)


 また、映画と絡めた言葉として残されているのですが、電車が動きだしてから移動していく外の風景って、すごくペラペラしていて書き割りみたいで、まるで映画のセットのように見えると。これはもう、窓の外の風景が、実際の私たちの町の何かとは違うものであるっていう意識を感じ取っているんです。そうやって電車の本来の目的とは別に、窓があるから生まれてしまったものがあるんですよね。


Q:電車の窓から見える風景が映画のセットみたいだって、何か腑に落ちるものがあります。私自身も初めて動画を撮った時は、とにかく動く「画」が欲しいので、それこそ電車の窓から撮影した記憶があります。


鈴木:映画って、カメラで世界を切り取るからフレームが決められているじゃないですか。そうすると、このフレームの内側だけが映画の中身なのかというと、実はそうではなくて、なぜかフレームで区切ったことによって外のことを意識するようになるんです。




 最初は見えていなくても、最初は音が近づいてきて、だんだん電車の体が見えてきたりとか。あるいは人物も、このフレームから外に出てどこかに向かったりとか。フレームで区切られている内側と外側を、すごく意識せざるを得ないものにしてしまう、それが映画なんだなって、最近は思っていますね。

 

 人間の視界って、境界線が曖昧でボヤッとしてるじゃないですか。当然なんですがそのことを誰も不思議に思わないんですよね。でも映画というものは、その境界線を意識させるという、すごく大きな作用をもたらす感じがするんです。



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