人間なくして怪物なし
個人的には、地上で翻弄される人々のドラマも、怪獣映画には欠かせないものだと思っている。怪獣が現れたことに人々がどう反応し、行動するかが描かれるからこそ、怪獣の恐怖や存在感が際立つ。人間サイドの描写が蛇足と思われることもあるし、そもそも巨大な怪獣と人間を一緒に描くことに難しさがあるのだが、人間の物語が怪獣襲来という状況の中にぴったりと組み込まれ、その打倒へと機能していく『ゴジラ』は見事である。
まず人間関係がある。主人公格の尾形と恋人・恵美子の関係。恵美子と父・山根博士の関係。さらに恵美子と元婚約者の芹沢博士との関係。尾形と芹沢博士の関係、芹沢博士と恩師である山根博士の関係。そして尾形と山根博士の関係。尾形の恵美子に対する想いは真剣なものだが、戦争で傷を負ったために恵美子を遠ざけてしまった芹沢への遠慮が拭えず、このことが後に尾形と芹沢の会談に繋がって、芹沢に自身の発明によるゴジラ退治を決心させることになる。また山根博士は好青年である尾形を一応認めているようだが、ゴジラを巡っては意見が対立してしまう。山根博士は古生物学者としての立場や水爆の洗礼を受けても生きているゴジラを保護し、その生命力を研究すべきだと考えているが、ゴジラによる惨状を目の当たりにしている尾形には怪獣は殺すべき敵としか思えない。ここに、山根博士とゴジラとの関係も生まれてくる(レジェンダリーのモンスターバースで渡辺謙が演じる芹沢博士は性格的には山根博士に近い)。
さらには芹沢博士とゴジラの関係だ。芹沢は戦争で受けた傷がもとで実験室にこもりきりとなっているのだが、水爆実験の衝撃で目覚め、身体に放射能を帯びることになったゴジラもまた、仲間がいない上に傷を負った孤独な存在である。芹沢は研究中に偶然発見、発明したオキシジェン・デストロイヤー(水中酸素破壊剤)をゴジラ退治に使うことを許すが、兵器転用される恐れから研究内容を自分の記憶とともに葬り去る決意も同時にする。彼は自分と同じく傷を負い、友もいないゴジラと運命をともにするのだった。芹沢はゴジラによる惨状から、自分の発明がもたらすであろう破壊と死を予感したのだろう。彼はゴジラの中に未来の自分の姿を見たのかもしれず、そういう意味でも、両者は似た者同士だったのだ。
ゴジラを取り巻く人間関係からは、「吸血鬼ドラキュラ」の人間模様も思い浮かべられる。尾形と芹沢という同じ女性を巡る男たちの関係は、「ドラキュラ」で同じ女性に求婚した男性陣の関係に通じるものがあるし、彼らが反目するのではなくよき友人としてともに怪物に立ち向かっていくのも同じだ。また山根博士は芹沢の師にあたる人物だが、ドラキュラを追い詰める老教授ヴァン・ヘルシングもまた男性陣の筆頭たる精神科医ジャック・セワードの恩師である。ゴジラに家を踏み潰され、母と兄を失った新吉青年は、最初にドラキュラ城を訪れて吸血鬼の存在を目の当たりにしたジョナサン・ハーカーとも重なる。「ドラキュラ」ではこれらの人々のチームワークも見どころで、彼らの友情は恐ろしい吸血鬼を扱った物語をときに熱く、ドラマチックに彩る。『ゴジラ』では全員が活躍するわけではないが、人々の関係がやがて状況の打開に繋がり、また大昔から生きてきた不死身の存在が、さながら過去の亡霊として現代の都市に襲来する点でも、ゴジラとドラキュラは似ている。
主要人物以外でも印象的な人物は多い。大戸島に伝わる伝説上の怪物「呉爾羅」について語る老人、長崎の原爆を生き延びたのに今度はゴジラかとバスの中でぼやく女性(当時にしてみればそれはついこの前のことなのである)、ゴジラが銀座を襲う際に路上で子どもたちを抱き寄せ「もうすぐお父ちゃまのところに行くのよ」と語りかける母親、自分たちが立つ電波塔にゴジラが接近しているにも関わらず最期の瞬間まで実況を続けるリポーター……、とにかく『ゴジラ』はこうした市井の人々が印象的で、彼らのリアクションによってゴジラ襲来が生々しく感じられる。怪獣が襲来したとき、いかに人々の生活に影が落ちるのか、ただ逃げ惑う群衆としてではなく個人としてどう反応しているのか。ゴジラが水爆実験という人間の所業によって目覚めたのは言うまでもないが、その上でゴジラをゴジラたらしめているのは人間なのである。
ゴジラ史はここから始まったが、同時にゴジラという存在はここで完成もしていると思う。これからもゴジラ作品は紡がれ続けるだろうが、この初代『ゴジラ』は時折見返したい作品で、最初のゴジラとはどんな存在だったか、ゴジラがやってくるということはどういうことだったかを思い出したくなる。
イラスト・文:川原瑞丸
1991年生まれ。イラストレーター。雑誌や書籍の装画・挿絵のほかに映画や本のイラストコラムなど。「SPUR」(集英社)で新作映画レビュー連載中。
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