ジャームッシュも絶賛した『大菩薩峠』の大殺戮カタルシス
厳密には「集団抗争時代劇」ではないが、とんでもない数の敵を“斬って斬って斬りまくって”海外で伝説化した時代劇がある。最初の『十三人の刺客』の3年後に劇場公開された東宝映画『大菩薩峠』(66年/岡本喜八監督)だ。
そもそも『大菩薩峠』は文豪・中里介山が大正2年(1913年)からほぼ30年に渡って書き続けた未完の大長編小説。主人公は“音無しの構え”という剣技を極めた机竜之介という剣豪なのだが、なんと趣味は辻斬り。赤ん坊から老人まで暇つぶしのように斬りまくる超危険人物なのである。この誰にも理解不可能な“思想なきテロリスト”が、幕末の時代を流浪しながらとにかく罪を重ねていくというハードコアに酷い物語なのだ。
しかし、あまりにも突き抜けているからか机竜之介というキャラクターは古くから人気が高く、その時代時代のトップスターが演じてきた。1950年代にはオリジナル版『十三人の刺客』の島田新左衛門こと片岡千恵蔵が2度も机竜之介を演じているし、岡本喜八監督版『大菩薩峠』の主演は、後にテレビドラマ版『十三人の刺客』で島田新左衛門を演じることになる仲代達矢だ。机竜之介も島田新左衛門も、時代劇の頂点を極めた役者だけが演じることが許される役なのかも知れない。
前述したように『大菩薩峠』は原作が長大なので、二部作、もしくは三部作として映画化されるのが通例だった。1966年の喜八版も当初は二部作になる予定だったのだが、製作途中に東宝上層部から「後編は中止」とのお達しがくだってしまう。そこで岡本喜八は、尻切れトンボになることは承知の上でとんでもない荒業をやってのける。
仲代達矢扮する机竜之介は、流転の末に幕末の京都で新選組に身を寄せる。一方、机竜之介を仇と狙う若侍・兵馬(加山雄三)らは、新選組が宴会している料亭の前で待ち伏せをする。(助っ人を買って出る盗賊役はオリジナル『十三人の刺客』で平山九十郎に扮した西村晃)
ところが、過去に殺してきた者たちの怨霊を見た机竜之介は錯乱し、仲間である新選組相手に斬り合いを始める。一人対大勢なので「集団抗争時代劇」ではないが、とにかく机竜之介も斬って斬って斬りまくる。ヘトヘトになりながら取り憑かれたかように刀を振るい、阿鼻叫喚の中を鬼神のごとく殺して殺して殺しまくる。観ている側はまるで脳内ドラッグのように陶酔感すら覚えるようになり、殺戮のカタルシスが絶頂に達したところで映画はブツリと終わってしまうのだ。
最初に観た時は度肝を抜かれた。料亭の前で今か今かと待ち構えていた加山雄三は一体どうなったのか? そんなことは些事とばかりに一切を放り出し、鬼気迫る仲代達矢の殺陣だけで強引に幕を引いてしまう。なんと暴力的なエンディングか。サム・ペキンパーもビックリの“死のバレエ”時代劇バージョンだ。
ジョン・ミリアスを筆頭に、この映画の奇妙な魅力に惚れ込んだ海外の映画人は多く、NYインディーズの名匠ジム・ジャームッシュも“必見の映画5本”に挙げている。海外サイト「No Film School」の記事によるとジャームッシュは喜八版『大菩薩峠』を「美しく、とても、とても野蛮で、これまで観た中で最も虚無的な映画」と激賞している。
なんでもジャームッシュは禁煙するために一週間ひとりで自宅に籠り、ショック療法的に毎日2回『大菩薩峠』を観続けたのだという。タバコの禁断症状がどれだけ苦しくしても、『大菩薩峠』の大殺戮を観れば気分がスッとして心が和らぐそうなので、ヘビースモーカーから脱したい人は一度試してみてはいかがだろうか?
文: 村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。