ゲスな男を演じさせたら、やっぱりここはオダギリジョー
さて、バンドを脱退して経済的に困窮するせいいちとツチダのカップルの間に、さらにダメ押しするかのように別れの杭を打つ人物が現れる。ツチダの元カレ、ハギオである。こいつは、原作コミックからすでに、恋愛の手綱を常に上手に持っていて、女の心に消えない言葉や言動を憎たらしいほど絶妙に投げかけてくる。映画ではこの男を、ミドルエイジの余裕を漂わすオダギリジョーが演じているから始末が悪い。相手がこっちをどう思うのかなんて、もはやそんな駆け引きさえも必要としない大人だから、ただ真実をバシッというだけだ。
「お前、俺のこと本当に好きだったよね」「俺はそんなお前が大嫌いでさ」「でも今は好きだよ」
ツチダが今よりもっと若くて純情だったときに夢中になって、弄ばれて、さんざ、心がボロボロになった相手が放つ冷酷な過去の事実。だが、こういう言葉に多少は傷ついても、クールな表情で対応できるだけツチダも大人になっていて、せいいちとの見えない将来からの現実逃避に、ハギオをうまく利用するだけの狡さもちゃんと持っている。
原作との違いで著実に出てくるハギオのゲスっぷりは、逢引であう場所に立ち飲み屋を選ぶこと。ずっと立ちっぱで、カウンターに対して横に並ぶので、ツチダの表情をはなから確認するつもりもない。彼の口から出る言葉はとても上手に、いつも情事の責任からするりと逃げられる出口を作っていて、ツチダの決断の方へと誘導する。ずるいなあ、と思わされるのはオダギリジョーの上目遣いの視線と、ニヤニヤ顔。一歩間違えれば気味悪さしか出ないのに、究極の自由人に見えてしまうから罪びとである。
『南瓜とマヨネーズ』(C) 魚喃キリコ/祥伝社・2017『南瓜とマヨネーズ』製作委員会
オダギリは2006年の冨永監督の長編デビュー作『 パビリオン山椒魚』でも主演を務めているが、そちらでは初心者で不器用なレントゲン技師役。この10年の遍歴を見比べても興味深い。