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太賀、オダギリジョー、冨永昌敬、『南瓜とマヨネーズ』を実写化した、3人の男たちの曲者ぶりとは

太賀、オダギリジョー、冨永昌敬、『南瓜とマヨネーズ』を実写化した、3人の男たちの曲者ぶりとは

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曖昧なキャラクターに息を吹き込んだ太賀の実力



 『南瓜とマヨネーズ』は、漫画家魚喃キリコが1998年から1999年にかけて『CUTiE Comic』(宝島社)にて連載していた恋愛漫画を、冨永昌敬監督が映画化したものだ。バンドを辞めて、日々、所在なくアパートの部屋で過ごすせいいちと、彼との同棲生活を経済的に支えるため、ライブハウスの仕事に加え、夜の仕事も始めるツチダの恋愛風景を綴ったもの。原作は背景に余白が多く、ツチダの目線でエピソードが進むので、せいいちの顔は横顔や、後頭部からの角度が多く、そのため、どういう表情で、どういうテンションで何を考えているのか、さっぱりわからない。むしろ、物理的に一緒に住んでいても、精神的には遠いという恋人間の距離感が、せいいちの表情の見えなさ具合に込められているのだが、もちろん映画ではそういうわけにはいかない。


 映画のせいいち役に指名されたのは太賀である。原作ではばっさり割愛されていたせいいちという人となりを、太賀は静かな佇まいで、しっかりと陰影のある人物像として表現している。冨永監督の演出はせいいちという人の天性の無邪気さを強調するものであったという。せいいちは、ツチダを喜ばせるために、一日仕事で飾り棚を作ったものの、トイレの引き戸とぶつかる場所であったため、ツチダが扉を開けた途端、無残に壊れ落ちてしまう。それを見て、あっけにとられるせいいちの顔!この映画は台詞が少なく、敢えて沈黙の多い作りになっているが、恋人たちに訪れる無音を救うのが、せいいちのバスター・キートンに似たこのコミカルな動きである。


 ツチダが自分との生活を支えるため、愛人で金を稼いでいたことを知った後、せいいちは猛然と働きだす。静から突如、動へと転じる際のせいいちの表情も面白く、太賀がきちんと血肉の通った人として演じている。構図としては、20代のカップルが夢を追って、追い切れず、別れに向かって歩んでいく物語だが、いやな暗さや湿っぽさはない。これは、太賀自身が言うように「別れの物語ではあるが、ある意味、せいいちが自立し、自分の居場所をアパートから外へと広げていく話なので、自分は希望の物語として演じた」からだろう。




 ちなみに先にツチダ役に決まっていた臼田あさ美と冨永監督、そしてプロデューサーは音楽に近い場所に居る俳優を探す中、早い段階で太賀に行きついたという。劇中、せいいちが曲を作ろうと常に手の届く場所においてあるアコースティックギターは、太賀が中学生の時に購入して以来、使い込んでいる自前のギターとのこと。



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