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中国の歴史超大作『ラストエンペラー』を生み出したイタリア人、ベルトルッチとストラーロ

©Recorded Picture Company

中国の歴史超大作『ラストエンペラー』を生み出したイタリア人、ベルトルッチとストラーロ

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困難を極めた紫禁城ロケを撮りきった巨匠ヴィットリオ・ストラーロ



 おそらく、『ラストエンペラー』といえば、紫禁城の太和殿の前で無数の人々が跪き、幼い皇帝に頭を垂れるシーンを思い浮かべることが多いのではないだろうか。欧米の映画としては初めての紫禁城ロケを実現させたことでも話題を集めたが、この戴冠式のシーンは困難を極めた。というのも、歴代皇帝の即位式を行う太和殿だけは撮影の許可が下りなかったからだ。歴史的にも最も重要な建物であり、以前、中国映画で破損されたこともあって当局側も神経質になっていた。交渉を重ねて撮影許可だけは取れたが床を傷つけるという理由で撮影機材を置くことも禁じられた。つまり、三脚に据えることも照明でライティングすることもできない。


 撮影監督を務めたのはベルトルッチと同じイタリア出身のヴィットリオ・ストラーロ。『地獄の黙示録』(79年)をはじめとする名作を数多く手がけた世界有数のキャメラマンである。本作においても陰影と色彩豊かな画面を作り出していただけに、最も重要なシーンとなる戴冠式では、不自由な状況で撮影せざるを得なくなった。


 そこで、撮影者の体とキャメラを結びつけて振動を軽減させるステディカムを用いて撮られることになり、照明は中庭から室内に向けて当てることで問題をクリアして戴冠式のシーンを撮影することになった。その点に留意して見直すと、一見すると固定画面に見える儀式が、微妙にキャメラが動いて人物をフォローし、逆にステディカムの流麗な動きを活用して自在な動きを見せていることに気付くはずだ。



『ラストエンペラー』©Recorded Picture Company


 式典に退屈した幼児の溥儀が、王座を降りて外に出ていこうとする。この時、外と太和殿が薄い幕で仕切られている。この幕を溥儀が触ると風で舞い上がり、外の光景が目に入る。そこには遥か先まで人々が、この幼児に跪いており、皇帝の権力を実感させる。おそらく、ハリウッド映画ならば数日にわたって撮影が行われたであろうシーンだが、2500人のエキストラを動員するだけに、わずか1日で撮りきらねばならなかった。午前2時から準備を始め、午前8時に撮影開始。キャメラは1台だけで撮っているので、各方向からとりあえず撮っておいて、編集でまとめるというやり方はできない。


 それにベルトルッチは一つのシーンを頭から順番に撮っていくスタイルである。逆に言えば、突発的なアイデアを取り入れることもできた。実際、日没が近くなり、もうこれ以上撮ることもできないだろうという瞬間、ベルトルッチは反対側からのロングショット――つまり、前述した手前に人々が跪き、奥に太和殿がそびえ立つカットを撮ると言い出した。既に太陽は隠れており、朝から撮っていた画との繋がりからすれば不自然になる可能性もあったが、どうにかなるだろうと撮ることにした。それが、本作のスペクタルを象徴する名カットになった。もし、この時ベルトルッチが、反対側からも撮ると言い出さなかったら、日没時間に間に合わなければ、このカットは存在しなかったのだ。



文: モルモット吉田

1978年生。映画評論家。別名義に吉田伊知郎。『映画秘宝』『キネマ旬報』『映画芸術』『シナリオ』等に執筆。著書に『映画評論・入門!』(洋泉社)、共著に『映画監督、北野武。』(フィルムアート社)ほか



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価格:3,800円+税

発売元・販売元:㈱東北新社

©Recorded Picture Company



※【お詫びと訂正】

本記事内の監督のベルナルド・ベルトルッチ氏の表記に下記の誤りがございました。

(誤):ベルナルド・ベルトリッチ

(正):ベルナルド・ベルトルッチ

皆様にお詫びするとともに、ここに訂正いたします。


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