ホン・サンス監督の日常スケッチに宿されるフィクションの醍醐味
いま「魔法」という言葉を使ったが、『クレアのカメラ』には、実際マジカルな効用――言い換えればファンタジーの色味があるように思う。基本はいかにもホン・サンスらしい簡素な日常スケッチの映画世界なのだが、そこに魔法を掛けるアイテムが、イザベル・ユペール扮するクレアの持っているカメラである。デジタルカメラではなく、ポラロイド写真が撮れるアナログのインスタントカメラだ。
お話は、映画業界の裏側を覗かせてくれるもの。韓国の映画会社でセールスを担当するマニ(キム・ミニ)は、優秀な社員として五年も働いたのに、旅先のカンヌで社長を務める女性から突然クビを言い渡されてしまう。
なぜ私が?――と、理不尽な仕打ちに愕然とするマニだが、やがてその原因に思い当たる。彼女は先日、オンナ好きで知られる映画監督のおっさんと、酒の勢いで火遊びしてしまったのだ。そして社長は、この監督と男女の関係にあった……という、毎度おなじみなホン・サンス印のダメ恋愛模様が展開するのだが、そこにふらっと介入してくるある種の不思議な異邦人が、パリからやってきた音楽教師のクレア(イザベル・ユペール)である。
『クレアのカメラ』© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
友人の映画が上映されるということでカンヌを訪れたクレアは、同地で出会う業界人たちと分け隔てなく会話を交わし、手持ちのカメラで写真を撮っていく。その流れで社長や監督、マニとも親しくなるのだが、ある食事の席でクレアは自分のカメラについてこう言うのだ。
「一度写真を撮ったら、あなたは別人になるのよ」
別人になる、とはどういうことか? よくわからないままだが、ともあれ以前と違う人間に変われば、それは他者との関係性も変わるってことだろう。やがてクレアはマニと一緒に、彼女がクビを言い渡されたカフェに出向いてシャッターを切る。果たして職を失ったマニの運命はいかに――!?
ほとんど狐につままれたような後味が残るのだが、この些細な仕掛け(設定)ひとつで意外な方向に転がる物語と演出の「魔法」こそが、シンプルなロケーションの風景に“フィクションの醍醐味”を宿しているのだ。いや、本当に素晴らしい。これが映画だ!と叫びたくなるくらい。