(c) 2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP
『エル ELLE』ユペール!ユペール!ユペール!イザベル・ユペールに呑み込まれる131分
ユペール印は“信頼できる映画”の証!
イザベル・ユペールは端役で出演した『ローズバッド』(1975)を別にすると、1980年の西部劇超大作『天国の門』でハリウッドデビューを飾っている。ハリウッドでは無名のユペールを『ディア・ハンター』(1978)でアカデミー監督賞に輝いたばかりのマイケル・チミノが大抜擢し、スタジオとはかなりモメたらしい。『天国の門』は製作費が膨れ上がった末に興行的に失敗し、ユナイト映画を倒産に追い込んだという悪名を残したが、ユペールは本国に戻って順調なキャリアを積み重ねていく。
その後のユペールは、1986年にカーティス・ハンソンが監督したサスペンス『窓・ベッドルームの女』に出演した以外、特にハリウッド再進出への色気も見せなかったが、1990年代に入ってニューヨーク在住の若手監督ハル・ハートリーに手紙を書く。「あなたの『トラスト・ミー』(1990)を拝見した、一緒に仕事がしたい」と。
この時のハートリーは、ジム・ジャームッシュ以降に現れたインディペンデント系の監督として注目は集めていたものの、国際的にはほぼ無名だった。ハートリーはカンヌ国際映画祭に出品された『シンプルメン』(1992)を挟んで、ユペールのためにイザベルという女性が主人公の『愛・アマチュア』(1994)を発表する。
『愛・アマチュア』でユペールが演じたのは、ポルノ小説家として身を立てようとしている中年の元修道女。処女なのに自分は淫乱だと信じていて、神に仕える道を捨てたという設定はコミカルながら、後に『ピアニスト』や『エル ELLE』で演じる役どころとも繋がっているように思える。そしておそらくユペールが「あなたと仕事をしたい」と別の国の監督にラブコールを送るようになった最初の例ではないか。
イスラム武装勢力の人質にされたフランス人女性を演じた『囚われ人 パラワン島観光客21人誘拐事件』ではフィリピンの監督ブリランテ・メンドーサと組んでいるし、ホン・サンス監督の『3人のアンヌ』にいたっては「これって製作費あるの?」と余計な心配をしてしまうくらい自主映画然として超低予算映画なのである。まあ、近年のホン・サンスはノーバジェット的な映画作りがスタイルになっているのだが。
こう考えると、ユペールと仕事をするということは映画作家にとって「なんとしても一緒に映画を作りましょう」と言ってもらえるに等しい勲章であり、ユペールの名前ゆえに製作費が工面しやすくなることを思えば“救いの女神”でもある。そしてわれわれ映画好きにとっても「ユペールが出ている」というだけで品質保証になるくらい、彼女の審美眼は信用のバロメーターになっている。最近では是枝裕和と組みたいと公言しているだけに、近い将来実現して欲しいものである。
文: 村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。
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2017年8月、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー
※2017年9月記事掲載時の情報です。