© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
『CLOSE/クロース』、少年が青年になっていく端境期【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.32】
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あぁ、本当に胸の締め付けられるような、美しい映画でしたね。抽象度の高い作品だけど、これは10代の頃のことを覚えている人なら感覚的にピンと来るんじゃないでしょうか。13歳の少年の物語です。『CLOSE/クロース』(22)公開に合わせて竹宮惠子さんがイラストを描いてくれたくらいですから、主演の2人、レオ役のエデン・ダンブリン、レミ役のグスタフ・ドゥ・ワエルはとんでもない美少年です。特にレオは初め、(予備知識まったくない状態で試写会に行った僕は)ベリーショートの少女なんだろうと勘違いしたくらいです。2人はタイトルの通りクロース、仲良しそのものです。いつも一緒。くっついている。魅かれ合っている。
ざっくり言うとその仲良しの少年2人がすれ違っていく物語ですね。これ以上はネタバレになるので言いません。きっかけは学校でクラスの女子に「ラブラブなんじゃないの?」とからかわれたことですね。女子はもちろん軽い気持ちでからかった(本当に同性愛だと疑っているのじゃなかった)と思うんですけど、それは決定的な破壊力を持っていた。仲良しの2人に亀裂が走るんです。
僕は『クロース』は是枝裕和監督の『怪物』と通底するテーマを持っていると思うんですが、『怪物』のような社会性を重んじたアプローチじゃなく、何というか文学的・幻想的ですね。少年の心が育っていくほんの一瞬の、しかし一生取り返しのつかない出来事をフィルムに焼き付けている。BLが(少なくともその萌芽が)テーマだという風に解釈してもいいし、主演の美少年2人を考えればそのほうが映画がヒットするかもしれません。だけど、僕は「まだBLにもならない」っていうほうがせつないと思うんです。
「まだBLにもならない」ってどういうことか。それは未分化です。まぁ、レオもレミも男子なんですけど、少年が青年になっていく端境期のところにいる。すごく窮屈です。よく「子どもの頃は何でもやれて自由だった」みたいな話をする人がいるけれど、よーく思い出してみてください。窮屈じゃなかったですか。意識の範囲が狭くて、色々恥ずかしくて、やりたいことがやれない。やり方もわからない。自分が本当にやりたいこともわからない。僕は大人になって救われたんですよね。大人は自分で決めていいんだなぁって。自分で働いたお金を使って、どこへ行ってもいいし何をしてもいい。
だもんで、10代の頃っていうと基本的に苦しかったですね。心は子どものままなのに身体が変わっていく。ほら、狼男の話があるじゃないですか。満月の夜、体毛がごわごわ~っと生えて、牙が生えて狼に変身してしまう。あれは思春期の男子がみんな共通に味わう恐怖だと思うんですよ。自分のなかにうごめく性的なエネルギーに怯える。体毛が生えてきて、何か狂暴なものに自分が変わってしまいそうになる。
『CLOSE/クロース』© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
あ、ちょっと未分化の話からズレた気がします。未分化というのは「男なんだけどまだ男ではない」「女なんだけどまだ女ではない」みたいな状態です。といってLGBTQっていうのとも違うと思うんですよ。僕は義務教育期間ずっと転校ばっかりしてたんですけど、どの土地へ引っ越しても、一緒にボケ~っとしてくれるような、気の合う「変な子」と仲良くなったんですよ。
たまにいるんですよ。独特な子。それは男子のときもあるし女子のときもある。すんごい気に入るわけです。毎日ボケ~っとして、毎日おしゃべりする。だけど、友情という感じでもないし、恋愛でもない。「懐(なつ)く」というニュアンスに近いと思います。
で、これは実話ですけど、何年かぶりに逢ったとき、すっかり様子が変わっていてガッカリしたことがあるんですよね。そのときは中学に進学して別々の学校になって、久々に逢ったんだけど、仲良しだった女子が「いわゆる女子」みたいになってた。あとで考えたんですけど、社会性を身に着けたんだと思うんですよ。「他人のための自分」みたいなもんを始めたんだと思う。女子は「他人のための自分」っていうのが「男の目線を経由した自分」になりがちで、そうなると見た目はぐんぐん洗練されていくんだけど、つまんなくなっちゃう。あの「男でもない女でもない」未分化な状態が面白かったんだけどなぁと思うんです。あんなに独特で面白かったのに。天才だったのに。
たぶんそういうのはお互い様で、向こうから見ても同じことだったかもしれません。僕も中学生になって、自分の身体の変化や性的エネルギーに怯えながら、屈託のない少年時代を失っていったんだと思います。面白くて大好きな子に「懐く」時代、クロースの時代を失って、忘れていったんだと思います。
あと、これは書いておきたいなぁと思うんですが、本作にはアイスホッケーのシーンが出てくるんです。クラスの女子にからかいの声を向けられた後、レオがレミから遠ざかるきっかけとして、レオのアイスホッケー部入りが扱われる。まぁ、「アイスホッケー=氷上の格闘技=男性性の象徴」みたいなことですかね。レオからクラスのみんなへの「僕は同性愛じゃありません」アピールみたいな感じかと思います。
『CLOSE/クロース』© Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022
で、作中のアイスホッケーがかなりちゃんとしてたんです。何度か氷上のシーンが出てきますが、練習内容もよくわかるし、レオもしっかりプレーしている。あ、レオがバックスケーティングの練習する箇所があるんですけど、あれを見ればレオのポジションがDF(ディフェンス)だってわかります。で、後にちゃんとDFでプレーしてた。
あ、申し遅れましたけど、僕はアジアリーグ・アイスホッケーのプロチーム、日光アイスバックスの元取締役です。『スラップ・ショット』(77)や『飛べないアヒル』(92)みたいなそのものズバリのホッケー映画じゃなくても、例えば『ある愛の詩』(70)の作中のアイスホッケーシーンを見つけて、ライアン・オニール(ハーバード大アイスホッケー部のオリバー君)のプレースキルをチェックするなんて朝飯前です。『CLOSE/クロース』はホッケーシーンのちゃんとした映画でした。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『CLOSE/クロース』
7月14日(金)より全国公開
配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES
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