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『福田村事件』、差別と排除【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.36】

©「福田村事件」プロジェクト 2023

『福田村事件』、差別と排除【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.36】

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 今年は関東大震災100年です。数多くの防災イベントや写真展が企画され、テレビのドキュメンタリー番組が制作されました。書店には特設コーナーが設けられています。100年というタイムスケールは面白いですね。「歴史」ではあるんだけど、書物でしか知り得ないものじゃなく、家族や町の記憶とも地続きの、割合と生々しいもの。僕の世代にとっては二世代前、祖父や祖母の時代の出来事です。僕も「昼どきだったからどこの家も火を使っていて、火事になった」と祖母から直接聞いています。


 今年の9月1日は吾妻橋東詰の「あづま地蔵」に手を合わせました。東京下町は震災と戦災、2つの大災害で多くの犠牲者が出たところで、お地蔵さんはそれを弔って建立されたんですね。下町の住人にとって関東大震災や、やがて来るといわれる首都直下地震はとてもリアルです。僕は「火災旋風」というのが怖い。木造住宅の密集した下町一帯は火に包まれ、折からの強風で炎の竜巻のようなものを発生させます。墨田区横網町の被服廠跡(現在の東京都慰霊堂、横網町公園)は当時、警察が避難場所として人々を誘導していたんですが、そこで何と約3万8千人が焼け死んでいる。これ僕にとってはリアルです。ウォーキングで通るような近場です。


 とにかく地震が怖い。揺れも地割れも火災も津波も怖い。だけど、もうひとつ忘れてはならない、とてつもなく怖いものを『福田村事件』(23)は描いています。


 『福田村事件』は関東大震災の5日後、千葉県福田村(現在の野田市)で起きた悲劇を題材に森達也監督が初めて劇映画のメガホンを取った作品です。森達也さんといえばオウム真理教に肉迫した『A』(98)『A2』(01)、ゴーストライター騒動の作曲家・佐村河内守を追った『FAKE』(16)で知られるドキュメンタリーの人ですね。もっとも『ドキュメンタリーは嘘をつく』というTVドキュメンタリーでは「ドキュメンタリーの手法を用いてフェイクの現実を仕立てる」という、今村昌平『人間蒸発』(67)ばりの手腕を見せ、フィクションとノンフィクション、虚実の曖昧さ分かち難さを示した人でもあります。


 『福田村事件』は劇映画(フィクション)であり、井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大といった役者さんが演じるものだけど、ノンフィクションのように淡々とその村で起きた悲劇を描いていきます。まぁ、「悲劇」とさっきからボカシて言ってますけど、その内実は本当に戦慄すべきものです。


 関東大震災のとき、「朝鮮人が井戸に毒を撒いている」等の流言飛語が飛び交い、それを信じた自警団によって沢山の朝鮮人が殺された、地震のパニック心理というのは怖ろしいものだ、という話を僕の世代は聞かされて育ちました。長じてからは書物を通じて朝鮮人だけでなく、社会主義者やアナキストも殺されていたのだと知りました。まぁ、大杉栄が有名ですよね。僕は子どもの頃、「火災旋風」と同じくらい「パニック心理」が怖かった。一体そんな、人を殺めるまで攻撃的にしてしまう「パニック心理」って何だろうと思いました。僕の子ども時代の「パニック心理」ってトイレットペーパーの買い占めとか、そういうもんです。確かに狂奔はしているけれど、攻撃性は感じない。


 で、それはこんな感じで起こりましたよ、と見せてくれるのが『福田村事件』なんです。これは書物ではない。実際に役者さんが演じて見せてくれる。100年前、実際の福田村で起きた事件とは細部が異なるようですが、やっぱり百聞は一見に如かずです。「流言飛語」も「パニック心理」も、あぁ、実際にはこういう感じだったのか、怖ろしいことだけどこれなら起こり得るなぁ、とおなかに落ちる。



『福田村事件』©「福田村事件」プロジェクト 2023


 まず「流言飛語」の実際は差別心ですね。ちょうど大地震によって、見えなかった断層が露わになるように、非常時の人の心理は、平時には隠れていた差別心や敵愾心をむき出しにするんですね。「自分ら」を過剰に守ろうとするときに、「あいつら」をつくり出してしまう。「あいつら」から「自分ら」を守るために自警団が組織されるのです。それは正義なのです。「流言飛語」に内務省警保局の通達がお墨付きを与えてしまいます。「不逞鮮人が放火をして暴れている」とアナウンスしてしまう。警視庁も管内各署に同様の通達を出してしまう。


 『福田村事件』のなかでは朝鮮人殺害も描かれるのですが、本筋になっているのは香川の薬売り、行商人の一座が殺害されるところです。つまり、日本人による日本人殺害です。自警団が「十五円五十銭、十五円五十銭って言ってみろ」と迫る場面が登場しますが、これは本当にあったらしい。朝鮮人が苦手とする濁り音を発語させて、排除すべき相手か見分けようということですね。東北人や沖縄人等、訛りのあった者が朝鮮人と見なされ殺されています。まぁ、それを「日本人なのに間違って殺された」と表現することも可能ですが、より根本的な問題、朝鮮人なら殺されてもいいのか?朝鮮人なら排除してもいいのか?は置き去りのままですね。


 僕は父の仕事の関係で地方を転々として育ったので、土地の子が「よそもの」を見つけたときの空気感をよく知っています。お前は同じように学校にいて、同じように笑っているが、異質なヤツだな。それは言葉づかいやちょっとした出来事で「見えなかった断層が露わになるように」表面化し、空気として伝染します。怖いです。幸い僕は身体が大きくて喧嘩が強かったので、手酷い目にはあわずに済んだけど、その空気が伝染する感じを『福田村事件』でありありと思い出しました。


 「自分ら」を守るために「あいつら」を排除する。その変奏曲はおよそ100年経ったコロナ禍の日本でも繰り返されましたね。僕は自警団を組織して県外ナンバーのクルマを見張り、排除した一連の出来事を忘れることができない。それは正義なのです。正義に燃える人が「よそもの」を見つけ、排除した。「帰れ」と貼り紙をし、車体にひっかき傷をつけ、タイヤをパンクさせた。今、(5類に移行し)もしかしたらマスクすらつけないで歩き回ってるのと同じ人かもしれません。



文:えのきどいちろう

1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido




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『福田村事件』

9月1日(金)よりテアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開

配給:太秦

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