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『落下の解剖学』、真実はどこにある?【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.47】

©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Ciném

『落下の解剖学』、真実はどこにある?【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.47】

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 これはカンヌ国際映画祭でパルムドール獲ってるぐらいで、面白いことは間違いないんだけど、映画紹介コラムとしては扱いがすごく難しい作品ですね。「これは事故か、自殺か、殺人かーー。」とチラシの惹句が謳ってる通り、謎解きミステリです。雪に覆われたフランスの山荘が舞台ですね。そこで男が転落死する。嫌疑は妻にかかります。唯一の「目撃者」は目の不自由な11歳の息子。こうやってアウトラインを書くだけで、ミステリ好きにはたまらない興趣があります。観客は事件の只中に首をつっこみ、何が起きたのか何が真実か考えていく、まぁ、名探偵や陪審員のような感じになります。


 つまり、ネタバレは避けたいんですよ。通常の映画よりディテールを語ることは避けたい。いや、本当は僕だって「あの場面のあの演出はこれこれこういうことを語っていて、ここにつながっています」的なことをじゃんじゃん語りたい。だけど、それをやるとこれから映画をご覧になる読者の楽しみを奪ってしまうんだ。『落下の解剖学』はとてもよく出来た心理ドラマで、感情の機微がシーンに織り込まれています。僕は3回見ましたが、その度に発見があった。これは読者の皆さんがご自分で「見つける」「感じる」「考える」部分が最高の娯楽なんです。僕なんかが先回りして何か言っちゃうと台無しですよ。


 なので、当コラムは別のアプローチを採ります。この映画の勘所。それは「家族のなかに作家がいる」構造じゃないかなぁと思うんです。殺人の容疑を向けられる妻はベストセラー作家なんですね。家族のなかにベストセラー作家がいると、そりゃもう収入の面でも他を圧すると思うんだけど、もうひとつ忘れちゃいけないのは言葉の力です。大概の場合、(それが本意であるかないかに関わらず)作家は言葉で家族を支配する。平たく言えば、身近なモデルとして家族や身内を描き、がんじがらめにしてしまう。読者は「娘の非行をベストセラー本に描いて、更にそれをテレビドラマ化して、悲惨な家族離散を招いた俳優」をご存知でしょう。物語る側はいつも特権的です。語られる(家族の)側は、語られた言葉に縛られ、それが振り払えなくなってしまう。最近では著名な漫画家の娘さんが「作品のなかで何度も事実を歪曲され、虐待を受けた」と告発しましたね。


 『落下の解剖学』の物語にはもうひとり作家がいるんです。それは転落死した男。彼は元大学教員で、かつ売れない作家でした。より正確に言えば(息子の世話に追われるなどして)作家としてのキャリアを形成できなかった「本当は作家であったはずの男」でしょうかね。力関係でいったらベストセラー作家である妻の方が強い。世間的な見方をすれば「ベストセラー作家の夫」というおさまりどころになってくる。これは自尊心としては不満ですよね。



『落下の解剖学』©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Ciném


 で、何たることか「ベストセラー作家の夫」には書きかけのアイデアというか構想のようなものがあって、それを仕上げる前に妻からパクられてしまうんです。アイデアは夫なのに、それを作品化したのは妻。で、これがやっぱり売れちゃうんですね。売れちゃうし、高く評価されちゃう。夫は面白くありませんね。だって彼も作家だから。満足にキャリアを形成するチャンスを逃したけれど、「本当は作家であったはずの男」だから。


 家庭という生活の基盤であるような場所に、「作家」としての力関係、ヒエラルキーが生じてしまう。それは外からじゃわかりませんね。DVなんかでもそうだけど家庭はブラックボックスだ。身体のアザ等を見ないかぎり、外からはうかがい知れない。まさか有名な作品が「原案・夫」だなんて想像もしない。それは一種の「才能の搾取」です。生活の上ではパートナーである妻が、夫の才能を搾取している。その権力性の問題がストーリー上、大変効いてきます。ここは個人的にすごく考えさせられた。


 「家族のなかに作家がいる」のはとても難しい。まして二人いるのは難しい。僕は「原案・夫」の状態が何かに似ているなと思ったんですよね。それは今、2024年のはじめ(能登地震と並んで)最も悲しい事件として出来(しゅったい)した「原作者=漫画家」の孤独です。0→1を生み出したのは「原案・夫」であり、「原作者=漫画家」でしょう。力のある側は(こちらの場合、テレビ局でしょうか)丸め込もうとする。丸め込んで黙らせる。それがブラックボックスのなかで行われるんです。


 『落下の解剖学』のなかで妻は「あなたはあなたで書けばよかったじゃない?」と言います。いいアイデアだと思ったから、私が書き継いだけど、あなたはあなたで書けばよかったじゃない? それは自由だったのよ? ぜんぜん別のものになったはずよ? そういうことです。それはずるいですよね。自分に力があると知ってる人間の物言いです。ブラックボックスのなかで丸め込もうとしている。


 と、僕が(僕も物書きですから)ヒリヒリした部分について書きましたけど、さてそれが何かの伏線になってるかは内緒にします。物語の勘所ではあると思うけど、これを読んでトリックを見破れるみたいなことはありませんよ。とにかく映画館で『落下の解剖学』をご覧になってください。



1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido


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『落下の解剖学』
2024年2/23(金・祝) TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
配給:ギャガ 
©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Ciném

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