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『落下の解剖学』見えない真実に目を凝らす

©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma

『落下の解剖学』見えない真実に目を凝らす

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『落下の解剖学』あらすじ

人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラに殺人容疑が向けられる。現場に居合わせたのは、視覚障がいのある11歳の息子だけ。証人や検事により、夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ<真実>が現れるが──。


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ファーストシーン



 真っ黒な画面に、女性ふたりが会話する声だけが響く。明転。階段をバウンドしながらボールが落ちてくる。ふんだんに光が差しこむ昼間の室内だから暗い雰囲気はないが、バウンドしながら階段を落ちるボールといえば、ピーター・メダック監督の『チェンジリング』(80)をはじめとする数多くのホラー映画にも登場していて、不穏な事態の接近を予感させるものだ(*1)。


 この家の飼い犬が、ボールをひょいとくわえて階段を上がっていく。会話の主が画面に現われる。ベストセラー作家、サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)と、論文執筆のためにインタビューにやって来た女子学生だ。本来なら質問をされる立場であるはずのサンドラが、学生に対して質問を始める。すると上の階から音楽が、ぶしつけに大音量で鳴りはじめる。夫が作業をしながら流しているのだ、いつものことだとサンドラは言うが、とてもインタビューを続けられる状況ではない。音楽が響きつづけるなか、車で去っていく学生をサンドラは見送る。ロングショットによって、サンドラの家は人里離れた雪山の山荘だとわかる。


 『落下の解剖学』は、このファーストシーンでいくつかのことを宣言する。まず、ボールの落下に見られるように、これが「落下」を主題とする映画であること。それから、「質問される」ことが、のちの展開で重要になること。問う者と答える者の立場はしばしば反転すること。そして、その質疑はたびたび妨害される――つまり、論理的にスムーズには進行しないだろうことを。



『落下の解剖学』©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma


 もちろん主題の提示だけがこのシーンの役目ではない。サンドラと夫サミュエル(サミュエル・タイス)のこのときの関係を、部分的に暗示してもいる。また、このあとすぐにサミュエルは、雪上で亡くなっているところを、飼い犬を連れた11歳の息子、ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)に発見されるのだが、あの大音量の音楽はこの瞬間も、そのあと警察が駆けつけて検証を行なうシーンでも、とぎれることなく響いている。音楽は Bacao Rhythm & Steel Bandによる、50Cent “P.I.M.P.” のカバー。この演出効果は絶大であり、選曲も絶妙だ。メロディにそこはかとない哀調を含みながらも、スティールドラムの陽気な響きが対位法的な効果を上げるこの曲は、以後も事件を想起させるモチーフとなる。


 状況からサミュエルは、屋根裏部屋の外のバルコニーから転落して死亡したと推測される。それは事故だったのか、自殺だったのか、それとも……。サンドラと前日に交わした会話の録音が彼のUSBメモリーから発見されたことで、サンドラに殺人容疑がかけられる。彼女は告訴され、かくしてサミュエルの「落下」の「解剖」が始まる(*2)。




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