2023.12.21
『PERFECT DAYS』あらすじ
東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていた。同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。木々がつくる木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。
Index
何気ない、それでいて完璧な一日
Just a perfect day, drink Sangria in the park
And then later, when it gets dark, we go home
Just a perfect day, feed animals in the zoo
Then later, a movie too and then home
完璧な一日だった 公園でサングリアを飲んで
暗くなったら家に帰る
完璧な一日だった 動物園で動物に餌をやって
映画を見て家に帰る
何気ない、それでいて完璧な一日。ルー・リードが、恋人とニューヨークのセントラル・パークで過ごした穏やかな時間を歌詞にしたという「Perfect Day」は、1972年リリースのアルバム「Transformer」収録曲のなかでも、ひときわ胸を打つバラードだ。しかし当時ルー・リードは、深刻なヘロイン中毒者でもあった。後半で繰り返される"You're going to reap just what you sow"(自分の蒔いた種は自分で刈り取れ)というリリックは、薬物中毒者の破滅的な末路を暗示したもの、とも言われている。ダニー・ボイル監督の『トレインスポッティング』(96)で、ヘロインで意識を失ったレントン(ユアン・マクレガー)が病院送りになるとき、このナンバーがかかった理由はおそらくそこにある。
『PERFECT DAYS』ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.
その一方、ヴィム・ヴェンダースの最新作『PERFECT DAYS』(23)で「Perfect Day」は、文字通り“完璧な一日”の発露として使われている。公衆トイレの清掃作業員として働く平山(役所広司)は、毎朝決まった時間に目を覚まし、植木に水をやり、作業着に着替え、自動販売機で缶コーヒーを買い、ライトバンで仕事先に向かう。カセットテープから流れる音楽は、決まって古い洋楽だ。まるで職人のような手つきで丹念にトイレを清掃し、無駄口をたたくこともなく、ひとつひとつの仕事を丁寧にこなしていく。仕事が終わっても、仲間と飲みに行くことはない。銭湯で汗を流し、浅草にある行きつけの店で独りで食事をし、寝るまで読書に耽る。
我々観客には、毎日が単調で、同じような日々の繰り返しのように見える。だが平山にとっては、全ての物事が新しい。彼は、普通の人が見逃してしまうことに気づき、思いを馳せ、喜びを見出している。見上げる木漏れ日が、いつも違う表情を見せてくれること。公園に、不思議な佇まいのホームレスがいること。一緒に働くタカシ(柄本時生)が吐き出す、「金がないと恋もできないなんて、なんなんすか俺!なんなんすか時代!」という愚痴でさえ、彼には新鮮に聴こえているかもしれない。小さな変化に目を凝らし、耳を澄ます。毎日が新しい、“完璧な日々”。だからこそ本作は「Perfect Day」ではなく、「Perfect Day<s>」と名付けられているのだろう。