2023.12.21
こんどはこんど、今は今
「こんどはこんど、今は今」。そんな印象的なセリフを、平山は口にする。彼はいつどこで生まれたのか、どんな人生を送ってきたのか、なぜ清掃作業員として働いているのか、映画ではほとんど素性は明かされない。彼のアパートに若い姪のニコ(中野有紗)が押しかけてきたり、彼の妹(麻生祐未)が会いにきたりはするものの、その情報は断片的にしか与えられない。だがはっきりとしているのは、平山はドロップアウトした敗残者なのではなく、自分自身でこの人生を選択したということだ。
過去に縛られず、はるか未来を見据えている訳でもなく、今という瞬間を生きる。それによって反復のように繰り返される日々が、キラキラと光り輝く。だからこそ、「こんどはこんど、今は今」なのだ。ヴィム・ヴェンダースはこう語る。
「陶芸師の秘密とは、毎回初めてやることだ。それは、私たちの主人公・平山にとっても同じだ。彼は毎日、新しいことをやっている。彼は昨日どうやったかを考えず、明日どうやるかも考えていない。彼は常にその瞬間に生きている。それが陶芸師の秘密でもあり、それが反復にまったく異なる尊厳を与えるんだ」(*)
ヴェンダースはこう続ける。
「反復そのものは、反復として生きてしまうと、その犠牲になってしまう。それを瞬間として生きることができれば、まるで初めてのように感じて、まったく異なるものになるのです」(*)
『PERFECT DAYS』ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.
平山は朝目覚めるときも、目覚まし時計を必要としない(おそらく所持すらしていないのだろう)。自然と調和し、時間と調和する。だからこそ彼は、絶え間なく変化する木漏れ日に、光と影のゆらめきに、小さな人生の贈り物であるような感情を抱いている。“木漏れ日”は、本作の最も重要な映像的モチーフだ。平山が毎日の暮らしのなかで感じている“幸福”という、何かしら抽象的で、最も人生で重要なファクターの象徴だ。
筆者は『PERFECT DAYS』を見終わって、ふとある別の映画のことを思い出した。ポール・オースターが自らの小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」をもとに脚本を書き、ウェイン・ワンが映像化した『スモーク』(95)だ。ニューヨーク・ブルックリンで煙草屋を営むオーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)は、10年以上も毎朝8時に同じ場所で写真を撮り続けている。いつも同じように見える風景も日々変化があり、その一瞬一瞬は他のどれとも似ていない。東京の片隅で暮らす平山と同じように、ニューヨークの片隅で暮らすオーギーもまた、“木漏れ日”のような瞬間を感じているのだろう。
驚くほど寡黙で、驚くほどミニマルなこの映画は、無限の煌めきに満ちている。
(*)https://variety.com/2023/film/global/wim-wenders-perfect-days-cannes-koji-yakusho-1235627795/
文:竹島ルイ
映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」(http://popmaster.jp/)主宰。
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『PERFECT DAYS』
12月22日(金) よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー!
配給:ビターズ・エンド
ⓒ 2023 MASTER MIND Ltd.