『別れる決心』あらすじ
男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュンと、被害者の妻ソレは捜査中に出会った。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がってくる。いつしかヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたヘジュンに特別な想いを抱き始める。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりだった……。
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未解決の人生
「スクリーンに映る彼女の顔を見ると、いつも閉ざされた箱のようで中に何が入っているのか全く想像がつきません。彼女が沈黙しているとき、その沈黙の中に多くのものを封じ込めることができるのです」(パク・チャヌク)*1
フィルムの深淵で蠢く欲望。『別れる決心』(22)では、パク・チャヌクの映画にイメージされるような描写が敢えて封印されている。それにも関わらず、この作品のどのシーンを切り取ってもパク・チャヌクという特異な映画作家の烙印が滲み上がってくる。静かに、そして確実に。パク・チャヌクは本作を”大人の映画”と位置付けているが、これは本当に驚くべき成熟と到達だ。
ミステリアスな容疑者の抗えない魅力、それに惹かれる刑事という、パク・チャヌクの愛する『氷の微笑』(92)等で、これまで何度も語られてきた古典的なプロットを持っているにも関わらず、本作はその枠組みから逸脱している。二部構成の緻密なプロット、機械仕掛けのような画面作り、そしてファムファタルのイメージを纏いながら、そこからするりと逸脱していくソレ(タン・ウェイ)。これらが官能的なまでに結実している取調室でのシーンは、歴史に残るといっていいだろう。このシーンを見るだけでも本作には大きな価値がある。それ以上に、『別れる決心』という作品は、筆者にはほとんど完璧な映画のように思える。
『別れる決心』© 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
世の中の定義から外れた恋愛。恋愛ではない恋愛。反恋愛。いったいなんと定義したらいいのか分からない関係の中に、ウォン・カーワァイの映画のような官能が宿る。タンゴのリズムのような官能性。それは水の中に広がるインクのように、ゆっくりと、しかし確実に観客の心に浸透していく。この魅惑的で不可解な感情の中心に、タン・ウェイ演じるソレという女性がいる。中国からの移民であるソレの使う言葉と沈黙の視線の間に、欲望と恐怖と好奇心が狂おしいほどのスピードで渦を巻いている。
人生は未解決事件の連続であり、よくよく振り返ってみれば、自分の人生で解決したことなど一つとしてなかったのではないだろうか?そもそも「解決」とはいったいどのような状態を意味するのだろうか?この傑作に驚いた筆者は、そんな気持ちに囚われたままでいる。