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『お母さんが一緒』橋口亮輔監督 リハーサルの雑談から生まれるものとは 【Director’s Interview Vol.420】

『お母さんが一緒』橋口亮輔監督 リハーサルの雑談から生まれるものとは 【Director’s Interview Vol.420】

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リハーサルの雑談から生まれるもの



Q:リハーサルは4日間しっかり行ったとのことですが、具体的にはどのようなことをされたのでしょうか。


橋口:まだロケハンが終わってなくて撮るところも決まっていなかったので、そんなに細かい動きは決められない。リハーサルをやるかどうか直前まで悩みました。皆さんプロだからセリフも覚えてくるだろうし方言も話せるだろう。ちゃんとお芝居は出来るんでしょうけど、でもやっぱり思ったのは、これをどういう作品にすれば良いかってこと。例えば「江口のりこです。お仕事で来ました。いつもの江口のりこの感じで面白くやりました。はい、おつかれさまでした。」だと、商品にはなるんですけど、観た方には作品として残っていかない。スーっと通り過ぎていくんですよ。


それでどういう作品にしようかなと悩んでいたときに、とある舞台を観たんです。有名な方たちがたくさん出ていた舞台でした。みなさん喜怒哀楽を一生懸命やられていて、それは分かるのですが、演者さんたちが一切(胸を指さして)ここを使っていないのが分かった。自分の中のものを一切使わずにやっているなと。それで2時間半の舞台が終わったときに、なーんにも残っていなかったんです。僕に無関係の物語がスーっと流れて終わってしまった。もちろん中には「感動的な芝居だった〜」って泣いている人もいっぱいいましたが、僕には全く無関係でした。自分の中の“生”のものを一切使わなかったら、こうなるんだなと。これじゃダメだと思いました。それで腹が決まって、リハーサルをやることにしたんです。


皆さんにその舞台の話をしつつ、「僕は皆さんの中には踏み込まないけれど、でも皆さんが“生”を使ってくれないと、これはただそれだけの作品になってしまう」と伝えました。観た人に“生”が観せられないと、釣り針の針みたいなものが心に「クッと」引っ掛からないと、ただ単に残らない作品になってしまうと。別にこういうふうに演じてほしいとかは言っておらず、こんな人に会ったとか、こんなことがあったんだとか、いろいろな雑談をしました。例えば江口さんにやってもらう弥生という役は、ある意味記号的なんですよ。「ギャー」とか言ったかと思えば泣いてみたり、ワーッってなっちゃう。ある種、物語を進めるためのピエロみたいな役割です。それは舞台ではよくても、映像にするにはちゃんと“人間の女”にしないとダメ。それで弥生をどうするかということで、こんな話をしたんです。



『お母さんが一緒』©2024松竹ブロードキャスティング


コロナの最中に、とあるコーヒー屋でコーヒーを飲んでいると隣に3人組がいたんです。ロン毛の兄ちゃんがパソコンを打っていて、一人は小太りの30代ぐらい暗い感じの女性、もう一人は眼鏡をかけた40代半ばくらいの女性で二人の上司のようでした。何を話しているかというと、どうやら、マタニティヨガをやろうと言っているんです。コロナの最中ですよ。ヨガのインストラクターを呼んで、そこにお医者さんも呼んで、血圧計や機材を揃えて健康診断もやって、「1時間1万5,000円!これでどうですか?」と言っている。「当たりますよね!いいっすよね!」「あ、いいわね〜。血圧計はマストよね!」とか言っているわけです。この少子化の折、1時間1万5,000円で仮に1日8組予約が入ったにしても、果たしては元は取れるのかなと。実現性あるのかなと思っていたら、上司のような女性が突然「あーっ!」って言い出した。劇中で江口さんがやっていたように、眼鏡と鼻柱の間にティッシュが挟まっていたんです。「あなたたち何で言ってくれないの〜!もう嫌ね〜意地悪ね〜!」って突然騒ぎ出したわけ。そうしたらさっきまで、「これいけますねー当たりますよー」って言って盛り上がっていた人たちが一切ノーリアクションになった。それまでの流れだと「いやいや、ネタだと思ってましたよ」なんて言って、それをネタにまた和みそうなものなのに、そうはならなかった。それを見て、あ、これがこの人たちの本当の関係性なんだなと。


そこでこの女の人のことを考えたわけです。多分この女上司は、二人との距離を何とか埋めたいわけです。「年上の私に対して、なんかとっつきにくいと苦手意識があるのかもしれないから、何とか距離を縮めたいな」と日頃から思っていた。「私のこと苦手意識あるかもしれないけど、私はこんなふうにお馬鹿なの。私って抜けてるところあるのよ」と、ちょっと隙間を自分で演じて見せている。日頃からそんなことを考えながら仕事しているのかなと思うと、何だか切ないなぁと。そんな話を江口さんにしたんです。そうすると江口さんは、そこから掴むわけです。「あぁ、なるほど、人間のそんな感じかぁ」と。それで自分の中で膨らましていくんです。


後で江口さんに聞くとそれが楽しかったと言っていました。橋口さんが関係のない話をするのが楽しかったと。いろんなヒントを置いていってくれるから、そこからつまんで自分の中で膨らましていったと。そもそも役を演じるってこういうことだったなと、江口さんはそう言っていました。「江口のりこ」というキャラクターが出来上がっているから、どんな仕事に呼ばれても「江口のりこ」でやってくださいというオファーなんだそうです。だけどそれでは本人もつまらない。一つの役を何とか作っていくことの方が楽しいわけです。だからこそ、自分の中で、ああでもないこうでもないとやれたと。みんな芝居好きな連中ですから、「一緒にやれたことが本当に楽しかった」「今の私にとって、この仕事をやれたのは本当に救われました」と言ってくれました。これだけ売れている人たちがそんなことを言うんだなと、ちょっとびっくりしましたね。





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