ワークショップから始まった演出
Q:そのテーマや企画が決まってから、完成するまで5年かかったということですね。
小島:そうですね。出演者も撮影の1年前から探しました。まず、福岡のモデル事務所10社ぐらいに、自分が映画を撮りたい旨とスクリプトを送って相談しました。そうしたら、映画に出たいって言ってくれる方が200人ぐらい集まってくれたんです。それで、まずは年齢などを基準に役に合っている人をそこから選びました。その後、選んだ100人ぐらいの人と1人30分から1時間ぐらいの面接をさせてもらいました。
Q:30分から1時間の面接を100人もですか!?すごく時間がかかりそうですね。
小島:はい。面接は1週間ぐらいかかりました。面接というよりもみなさんと色々とお話した感じですね。
これは、ある映画監督が言っていたのですが、「自分の感情の記憶力がすごくある人は、お芝居ができる」らしいんです。それで、みなさんには、これまでに悲しかったことや、何かをやり遂げた瞬間など、過去の印象的な経験について話してもらいました。中には、その場の状況がこちらにも見えてくるぐらい、事細かに話せる人とかがいるわけですよ。正直すごいなと思いました。
それで今度は、その事細かに話せた人の中から40人くらいに絞って、演技のワークショップを始めました。ちょうどそれが撮影前の半年ぐらい前ですね。
そこから3カ月ぐらいかけてワークショップを15回ほど行ったのですが、その時の基本メソッドにしたのが、鴻上尚史さんが書かれた『 演技と演出のレッスン 魅力的な俳優になるために』(白水社)という本でした。映画や演出関連の本を色々と読んだのですが、個人的に一番納得できたのがこの本だったんです。
そうしてこのワークショップを通じて全ての配役を決めていきました。
Q:それでいよいよ撮影となったのでしょうか。
小島:いえ、その前に、全シーンを1回テストしたいと思いまして。
Q:全シーンですか?
小島:はい、全部で100シーンぐらいあるんですけど、そのテストを1カ月かけて会議室の中で行いました。実はその時すでに、撮影の本番で使う小道具を全部用意してたんですよ。それぞれの役の人が普段使っているコップ、いつも着てるTシャツ、タオルはこれ、などなど、小道具を演じる人になじませようと思ったんです。それでその小道具も使いつつテストして、その様子は全部iPhoneで撮影して、もう映画1本分のビデオコンテも作っちゃったんです。
Q:テストとはいえ、実質的に映画1本作っちゃったんですね?
小島:はい。作っちゃいました(笑)。
Q:テスト段階で映画の役を最初から最後まで一通り演じて、しかも小道具まで撮影時のものを使用しているのなら、撮影現場に入る時には、すでに役が染みついてそうですね。
小島:そうですね。もうかなり染みついていたと思います。また、映画の舞台となる主人公の家があるのですが、撮影前にはその家のロケセットで、メインキャストと一緒に1週間ぐらい実際に暮らしました。撮影などは全くせず、みんなでお昼ご飯食べて昼寝したり、ただ雑談したりとか、その生活空間にキャストが馴染むようにしたんです。
Q:確かに、映画の中でもとても生活臭のする家だったと思います。かの黒澤明も、時代劇の撮影では、役者に衣装を持って帰らせて、それを着て生活させ衣装を役に馴染ませたと聞きます。今回の映画も、衣装から小道具、ロケセットまで、ある意味本物の生活臭が染み込んでるってことですよね。そのリアルさはすごく画面に出てたと思いました。
小島:例えば、水道の蛇口一つとっても、それぞれの家でひねる強弱が違うじゃないですか。役者さんが、お芝居で蛇口をひねるとしても、初めて蛇口に触る時はそこに意識がいくと思うんですよね。ひねるのが固いなとか。でも、普段使い慣れてれば、その辺は意識せずに自然にお芝居に入れると思うんです。そこがなんか画に出るんじゃないかなと思ったんです。
Q:演出する際には、具体的にどういうことを役者さんに伝えられたのでしょうか。
小島:演技をつける際には先述した鴻上尚史さんの本をかなり参考にしました。
仕事や日常生活に関わらず、人が何か行動するときは必ず目的があり、そしてその目的に向かう際には必ず障害があるんだそうです。例えば、子供を寝かしつけなければならないとします。それが目的ですね。そして、夜9時までに寝かしつけなければならない場合は、それが障害(時間の制約)になるといった具合です。
だから演出する際は、その行動の目的を明確にしてあげましょうと。その目的のために、自分が今動いてるんだと意識させることが重要だと。そして更に、その行動をしている時に気にしなければいけない障害が何かっていうことを、意識させていきましょうと。今回は全てそれに則って演出していきました。例えば、ここで振り向いてくださいとか、こういう感情で話してくださいとか、そういう演出は今回一切やってないんです。そのシーンの行動がリアルかどうかっていうところだけでやりました。
Q:鴻上尚史さんとはお知り合いなんですか?
小島:いえ、知り合いでもなく、面識もありません。でもとにかくその本が気に入ったので、10冊ぐらい買ってワークショップで配ったりもしました。ワークショップに来た人の中には、ご自分でその本を買った方も大勢いたので、福岡ではかなり売れたみたいです(笑)。