企画実現に立ちはだかる様々なハードル
視聴率が目標となるテレビ業界では、数字を取るためにあらゆる手段が検討される。「たけし誕生」の企画も例外なく、数字を取るための追加プランを局から提案される羽目になる。「たけしさんの聞き手を人気アイドルにしてはどうか?(実際の番組での聞き手は稲垣ディレクター)」「既存の人気ドキュメンタリー番組の特別編として制作してはどうか」などなど、二人が作りたくないこと、みたくないものの指示が次から次へと飛んできたのだそう。
通常、制作プロダクションは番組制作が決まって初めてビジネスが成立する。番組を作らないことにはお金が発生しない。言い換えると、とにかくプロダクションにとっては番組を成立させることが一番大事で、番組の出演者やフォーマットは二の次なのである。しかし稲垣さんは、前述の局からの提案は全て断ったという。自分がみたいものを作るための企画が、自分の意図しない出演者や既存のフォーマットに嵌められる事は、全くもって本末転倒だと判断したのだ。そして自ら企画を取り下げたのだそう。それはつまり番組制作が消滅し、お金が発生しないことを意味する。
佐々木さんは言う「プロダクションのディレクターは立場上、自ら企画を取り下げるなんて事はなかなか出来ません。長い時間をかけて詰めた企画も番組にならなければ一銭にもならないわけですから。」「なので稲垣さんがこの判断をした時が、まさに『たけし誕生』が成立するかどうかの重大な局面でした。」
佐々木健一ディレクター
それでも諦めなかった二人は、企画の提案先を地上波からBSに変更、何とか企画の実現にこぎつけるのである。最初に企画を出してからここまでに、実に3年の月日が経っていた。
「普段はバラエティ番組のプロデューサーをやっていたりして、それで食べてはいけます。なのでいつもストイックに自分のみたいものだけを作っているわけではありません。ただ、日々の業務と並行して自分のやりたい企画を出し続けることは出来るわけです。そうやってやりたいことを企画にして、自分の企画を面白いと言ってくれる、佐々木さんみたいな人に企画を出し続けることが大事だなと思っています。」と稲垣さん。
「改めて『たけし誕生』をみて、すごくいい番組だなと思ったのですが、これはもう稲垣さんの妄執ですね。企画が通るまでの3年間、彼は他の企画も出し続けていたんです。私としてはそんな稲垣さんのようなクリエイターを応援したいですし、今後も一緒に番組を作っていきたいですね。」と佐々木さんは言う。
映画にしてもテレビにしても、自分の本当にみたいものを作ることはかなり難しい。粘り強く本気で向き合い続ける覚悟がなければ、実現には絶対至らない。映像制作という職業を選ぶこと自体は、そう難しくはないのかもしれないが、そこから先はもう本人次第である。映画・テレビと媒体は違っても、自分のやりたいことを実現するために必要なものは結局同じなのだと、お二人の話は物語っていたのである。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
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