ふたりのクレーンとふたりの騎士
スケアクロウが武器とする恐怖ガスは、吸った者に恐ろしい幻覚を見せる。怪談を聞かされたあと秋の夜道をとぼとぼ馬に乗って帰るイカボッドには、ただの風の音が、自分の口笛に誰かが答えたかのように聞こえたり、皮がめくれて白木をむき出した木を見て、なにか白いものがぶら下がっているように思ったり、枝が風で揺れればそれが唸り声に聞こえたりする。寂しい夜道で心細くなったことがあれば、誰でも経験するのではないか。その気持ちを知っているからこそ、イカボッドのビビり具合が愛らしくも思え、またその恐怖に共感もする。何でもないものが恐ろしいものに見えるという夜道のお約束が、スケアクロウの恐怖ガスに通じているのかもしれない。
哀れなイカボッドが「首なし騎士」から投げつけられた「頭」の正体は、もちろんカボチャだった。それも夜闇で頭だとわかったということは、顔が彫られて火を灯されたハロウィーンのランタン・カボチャだったのだろう(前述のアニメではそのように描かれる)。バートンの映画版では冒頭からさっそく顔を掘ったハロウィーンのカボチャを頭にした恐ろしげなカカシが登場する。これはバートン印としてお馴染みのモチーフとも言えるが、亡霊の頭に見えるカボチャはもちろん、寂しげな農地にぽつんと佇み、夜道で目にすれば怪しげな人影に見間違えるカカシは、怪談「スリーピー・ホロウ」の象徴と言えるだろう。
『ビギンズ』でのスケアクロウは、物語の終盤、恐怖ガスが街に流れて混乱が起きる中、騎馬警官から奪った馬にまたがって現れる。ガスによる幻覚を通して見たその馬は鼻から炎を噴き出すが、その画はまさに「スリーピー・ホロウ」だ。
この上ない恐怖を体験したカカシのような男イカボッド・クレーンと、恐怖に執着して支配しようとするカカシ男ジョナサン・クレーン。ふたりのクレーンはバットマンとヘッドレス・ホースマンというふたりの騎士を結びつける。夜な夜な亡霊のように街に現れては、両親を死に追いやった犯罪を根絶すべく悪党をこらしめてまわるバットマンは、自分の首を求めて彷徨い続ける騎士と重なるのではないか。現代の神話としてのアメリカン・コミックスは、アメリカの民間伝承である「スリーピー・ホロウ」の後継者でもあるのかもしれない。
イラスト・文: 川原瑞丸
1991年生まれ。イラストレーター。雑誌や書籍の装画・挿絵のほかに映画や本のイラストコラムなど。「SPUR」(集英社)で新作映画レビュー連載中。