重要なのは人間を描くということ
Q2:監督は子供の頃、好きな映画の場面を再現しようと、列車の線路上にカメラを置いたと聞きました。その原体験について聞かせてください。
サミュエル:小さい頃はテルアビブ近郊の小さな町に住んでいました。父親は俳優志望だったのですが、バスの運転手をやっていました。しかもそれは、街の中心街にある映画館専用のバスだったんです。だから、私も一緒に連れて行ってもらい、タダで映画を見せてもらっていました。西部劇、モンスターもの、カンフーもの、70年代のヒット作などなど、色んな映画を父親と一緒に見ていました。
一番思い出に残っているのは、ある映画の中で、汽車がスクリーンへ迫ってきて、カメラの上を通過するというシーンがあったんです。それを見るたびにとても興奮したものです。
父親はそんな映画好きの私に、13歳のバル・ミツワーのお祝い(ユダヤ教徒の成人式)で8ミリのカメラを買ってくれました。早速翌日、あの汽車の映画と同じ画を撮るべく、カメラを線路の所へ持っていって据え置きました。汽車がやってきてカメラは一瞬で砕け散りました(苦笑)。でもその後、父親はまた新しいカメラを買ってくれたんですよ。そこから従軍するまでの間、何本もの短編を作って、その短編には父親がいつも悪役として登場してくれました。
Q:日本では今『判決、ふたつの希望』という中東を舞台にした作品も公開されています。『運命は踊る』も含め、日本人にとっては中東の文化や歴史に触れられるいい機会かと思うのですが、日本の観客に向けて伝えたいことがあれば教えてください。
サミュエル:この映画で描いていることは、家族と愛の話です。愛でもってどのようにして苦しみを乗り越えていくのか、という話なんです。こういうことは中東の政治に明るくなくても分かるものだと思います。そういう心に訴えかける何かを僕は作りたいんです。声高に訴え掛けても、人は意外と聞く耳を持ちません。しかし心に訴えかけるものをちゃんと作っていけば、それは人に届くと信じています。いろんな宗教や宗派ができて人は分離されていますが、人はみな根底ではつながっているので、そこに訴えていくことが大事だと思ってるんです。この映画は、哲学や政治的な色を帯びたりもしていますが、僕のやりたいことの真髄は人間を描くというところにあるんです。
また、この映画はイスラエルのトラウマを描いているわけで、そこは日本人には分かってもらえるのではと思っています。ホロコーストとヒロシマ・ナガサキというのは、現代の歴史における最たるトラウマを生み出したものですから、そういったトラウマ・歴史というのは、国民としての有り様とは分離できないんです。われわれの集合的意識にどうしても影響しますし、それが国民個々に落とし込まれるわけですから、そういった部分は日本人の皆さんなら共感してくれるんじゃないかなと。フランスよりも、イタリアよりも、この映画は日本人の皆さんの方が、共感できるんじゃないかなと思っています。
監督・脚本 サミュエル・マオズ
1962年5月23日イスラエル、テルアビブ生まれ。幼い頃から映画に関心を持ち、13歳の頃8ミリカメラとフィルム一巻を買ってもらう。西部劇で見た決闘場面を再現しようとして、近づいてくる列車の線路上にカメラを設置し、粉々にさせた。18歳の頃には、何十本もの自主映画を撮るようになる。
その後、イスラエル軍の戦車部隊に配属され砲手として訓練を受ける。1982年6月、イスラエルはレバノンに侵攻。20歳になったばかりのマオズは、勃発したレバノン戦争に砲手として従軍し、壮絶な戦争体験をする。その後、撤退にともない帰国。ベイト・ツヴィ演劇学校でかねてより関心を持っていた映画を学び、1987年に卒業する。翌年、自身の戦争体験を基にした脚本の執筆を試みるも、当時の生々しい記憶や匂いまでもが甦り書き進めることができず一時中断。カメラマンやプロダクションデザイナーとして映像作品に携わり経験を重ねる。そして、構想から約20年を経た2009年、レバノンでの戦争体験を基にした長編映画デビュー作『レバノン』を発表。戦車のスコープを通して映し出される緊迫感とリアリティに溢れた映像は各国の映画祭で絶賛され、第66回ヴェネチア国際映画祭でグランプリ(金獅子賞)受賞、第23回ヨーロッパ映画賞 ディスカバリー賞(初監督作品賞)など数々の賞を受賞する。監督・脚本を手掛けた8年ぶり2作目の長編『運命は踊る』(17)では、第74回ヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリ(銀獅子賞)を受賞、第23回アテネ国際映画祭監督賞受賞のほか、第31回オフィール賞(イスラエル・アカデミー賞)作品賞、監督賞、主演男優賞を含む最多8部門受賞、第90回アカデミー賞®外国語映画賞イスラエル代表に選ばれるなど国内外で高い評価を得ている。
取材・文:香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
『運命は踊る』
9月29日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
© Pola Pandora - Spiro Films - A.S.A.P. Films - Knm - Arte France Cinéma – 2017