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19歳の初監督作『あみこ』を提げベルリンから世界へ。山中瑶子監督の確信とは ~前編~【Director’s Interview Vol.10.1】

19歳の初監督作『あみこ』を提げベルリンから世界へ。山中瑶子監督の確信とは ~前編~【Director’s Interview Vol.10.1】

 2017年のぴあフィルムフェスティバルで観客賞を受賞したのを皮切りに、ベルリン国際映画祭に正式招待され、世界各地の映画祭を回っているインディーズ映画『あみこ』。シニカルな女子高生の恋心が暴走していく姿を、鮮烈にスクリーンに浮かび上がらせたのは、現在21歳の山中瑶子監督。撮影時はまだ19歳だったというのも驚きだが、素人監督とは呼ばせない確かな手腕は戦慄すら感じさせる。


 果たして山中瑶子とは何者なのか? ポレポレ東中野の単館公開(10月19日まで)から、上映館が全国へと拡大するタイミングに合わせてのロングインタビュー!前後編に分けてお伝えします。


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習い事は8つ掛け持ち、母親の英才教育への反抗



Q:劇場で3回拝見したんですが、才能の閃きだけでなく、監督としての能力値の高さに驚きました。作品で描かれている“青臭さ”が身近なものとして感じられると同時に、ちゃんと映画として演出が行き届いている。ビギナーズラックな気がしないんですよ。


山中:見ていただいた方々の感想を読むと、やっぱりほとんどの方は「荒々しくて初期衝動を感じた」みたいなことを書かれてるんですね。もちろん処女作ですから原動力は初期衝動もあると思うんですけど、でも、たまに「秀作だ」って言っている人がいる。つまりは「ちゃんと考えて、決めるところを意識している」っていう意味だと思うんですけど、実際、自分もそういうつもりで作っていました。あくまでも「映画」を作っていますから、考えられるところは考えます。勘に頼る部分も多かったですが。初期衝動だけでは難しいと思います。




Q:とはいえ高校生の時に映画を観るようになって、19歳で『あみこ』を撮影したわけですよね。映画が好きになり始めて3〜4年くらいで撮ったってことですか?


山中:3年しないくらいですかね。


Q:3年ないんですか! そういう耳に入ってくる情報だけから「天才」と片付けるのも無責任なので、まずは監督ご自身のことから聞きたいんですが、昔から表現欲みたいなものはあったんでしょうか?


山中:天才……。母親がすごくインテリで、勉強が大好きなんですよ。うちの母親は中国人で、父と結婚して日本に来て私を生んだんですけど。それまでは中国で医者をやっていて、私を産んだ後、日本語をマスターするために、わたしのことを1〜2年くらい中国の親戚に預けて、一人になって勉強したくらいの人なんです。


Q:それって、自分の勉強に子育てが邪魔だってことですか?


山中:そうです、本人もそう言っていて(笑)。それはわたしが2〜3歳の時だったんですけど。それくらい勉強が身近にある人だったので、母親からすると自分にとって利益だった勉強を自分の子供にもと、幼少期からいろいろな娯楽を禁止されて、ひたすら机に向けさせられる、みたいな子供時代でした。


 だから習い事も、一時期8個くらい掛け持ちしていたんですよ。土曜日は2個ハシゴするみたいな。その中で、表現っていうのは絵画だけだったんです。英会話とか勉強系が3つくらいと、水泳とか剣道とか、ピアノ……いろいろありましたけど、ほとんどはあまり続かず、でも絵画だけは小学校の低学年から中三くらいまでずっとやっていました。デッサンや油絵をやっていて、写実、見たままを正確に描くのは得意な方だったんです。逆にイマジネーションあふれる創作は得意じゃなくて、ダリみたいな絵を描くことはできない。それで、いつまでも精密なものを描いていても楽しくないなと思って、高校に入って絵を描くのは止めたんです。


Q:でも、そういう写実的な絵を描けるとなると、周りの大人たちは「すごいね、写真みたいだね」って褒めますよね?


山中:そうです、そうです。ちっちゃい頃から褒められ続けて、褒められる絵を意識して描くようにもなっていたので、途中から楽しくなくなってきたというのはあったと思います。本当はもっと上手に描けるけど、子供らしい絵をわざと描くようなこともありました。勉強に関しては、小学校高学年くらいから徐々に反抗していって、段階を踏んで母親に「もうこの子は親の言うことは聞かないんだな」って納得をさせることができた(笑)。高二の終わりくらいに進路を決める時に「映画をやりたい」と言ったら、もう「好きにしな」っていう感じではありました。


Q:高二ですでに進路を「映画」に決めていたんですね。


山中:はい。とはいえ映画も、中学までは金曜ロードショーで観るくらいでした。高校で映画の面白さに気づいて、部活も辞めて、映画を観る時間に充てました。でもその頃はまだ「母親の望む道には行かない」っていう反抗心もあったかも知れないです。


Q:お母さまの影響だったり、反動だったりというのは、監督はわりと公言されているんですが、単身赴任だったというお父さまの影が、映画にもなければ、どこの記事にも見当たらないんですが。


山中:今の日本のわたしたちの年代の子って、女の子は特に「お父さんの不在」ってあるんじゃないかと思っていて。周りの友だちを見ていても、お父さんは家にいてもいなくても、子育てに関与してこないのかなと思うんですよ。わたし自身は、父親はずっと単身赴任だったから物理的にも側にいないし。でも逆に「不在」っていうことが大きく影響していることはあると思います。だからこそわたしの映画の中では、「ママ」って呼びかけるけど母親の応答はなくて、父親に関しては一切触れられない。わたしには描けなかったというか、そもそも脚本を書く時に思いつきもしなかったんです。



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