©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
『箱の中の羊』、家族は再生するか?【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.105】
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物語の設定は『鉄腕アトム』を連想させます。不慮の死で息子を失った夫婦が思いを断ちきれず、そっくりのヒューマノイドを家族として迎える。『鉄腕アトム』の場合はエキセントリックな天才科学者、天馬博士が亡くなった愛息トビオそっくりのロボットを創造するのですが、『箱の中の羊』(26)の世界は既に故人そっくりのヒューマノイドの製作・提供がビジネスとして成立している社会なんですね。建築家の音々(綾瀬はるか)と工務店の社長、健介(大悟)は、そのサービスを利用する。
2人は2年前、息子の翔君を亡くしているんですね。特に音々の喪失感は大きい。設定は「近未来の鎌倉」ですが、ヒューマノイドを注文するってよくよくのことだと思います。音々の郷里から家族が訪ねてくるシーンがあるんですが、「若いんだから次を作りなさいよ」って言われる感じです。フツーは(というか、そんなサービスが実在しない現在なら)そう考えますよね。いつまでも亡くなった子に執着してないで、子作りに励めばいいって。だけど、忘れたくても忘れられないことってあります。どうしても亡くした我が子を思い出に変えられない。
翔君のヒューマノイドは驚異的な再現度なんですね。自宅に届けられたとき、音々も健介もちょっと絶句したくらいの。物語上は省かれてますけど、たぶんその製作には写真や映像を参考にしただけじゃなく、家族のヒアリングを重ねて微妙な手直しをする過程があったはずですが、それでも2人は驚いてしまいます。まるで本当の翔君が生き返ったみたいなんですね。
最近はAIの進化もあって、例えば「生前そっくりの美空ひばりに新曲を歌わせる」とか「静止画の遺影を動かして、故人に告別式の挨拶をさせる」みたいなことが技術的に可能になりました。生と死の境界線が変更されるというか、テクニカルに書き換えられていくニュアンスですね。当然、倫理的な批判は生じる。AI美空ひばりのケースは死者への冒涜じゃないかと叩かれました。

『箱の中の羊』©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.
だけど、これは止められない流れだと思うんです。僕の身近な経験をお話しすると、一度実家に帰ったときに母がビデオカメラでおばあちゃんを撮影してたんです。けっこう念入りに撮ってるから「何なの?」って聞いたら、「生前の姿を残しておこうと思って」って言う。母方のおばあちゃんだから母にとっては実母ですね。まぁ、写真(静止画)じゃなく動画で残したいってことだったみたいなんだけど、僕はこれ、おばあちゃんずっと生きちゃうって思ったんですね。動画ってそうでしょ。よくNHKのニュースなんかで誰々が亡くなりましたって訃報を流すけど、画面を見ると生前、テレビ番組に出てトークしてる映像が出てたりする。そのとき、あれって思うんです。あれっ、亡くなったって言ってるけどこの人動いてるじゃないか。「テクニカルに生と死の境界線が書き換えられる」のいちばん素朴なやつですね。
これ、子どもの動画だとまた面白いんですよ。動画に残しとくと、その大きさの子、ちっちゃい可愛い子はもういないんです。何でかっていうと、撮影したときから時が経って、その子、大きくなってる。子どもの成長って、その都度、ちっちゃい可愛い子が消えていくことなんです。そのサイズの子はどんどんいなくなって、大きくなる。冒頭の『鉄腕アトム』に戻りますけど、天馬博士はロボットのトビオがいつまでも成長しないことに絶望し、サーカスに売り飛ばしてしまいます。そりゃロボットのサイズが年々大きくなったらおかしいですね。ロボットのトビオは結局、トビオとしては受け入れられず、サーカスで「アトム」と名付けられ、やがてお茶の水博士に引き取られて、正義のヒーローになります。
映画『箱の中の羊』の魅力はヒューマノイドをめぐる人間の側の反応です。それは劇中の登場人物にも言えることですが、僕ら観客も同じことです。すごく不思議な感じがするんですよ。観客は生前の翔君を知らないわけだから、あんなにドギマギするのはおかしいんだけど、絶えず「えー、これはいいのかな?」「マジか、これはいいのかな?」と思い続ける。映画を見ながら「テクニカルに生と死の境界線が書き換えられる」を追体験しているんです。
最後になりますけど、役者を褒めたいと思います。綾瀬はるかと大悟の夫婦起用はドンピシャでした。大悟さんがめちゃくちゃいいですよ。これ、一種無機質なヒューマノイド相手だから余計なんだけど、家族の側は「生の実感」があった方がいい。で、広島の綾瀬はるかと岡山の千鳥大悟に方言イントネーションで台詞を言わせてる。「近未来の鎌倉」が舞台だけど、ああ、郷里が近くてそれきっかけで一緒になったのかな、とかリアリティーが生まれる。家族の方はむちゃくちゃ生身感があるんですよ。大悟さんはもっと映画に出てほしいですね。とてもいい役者です。
文:えのきどいちろう
1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido
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『箱の中の羊』
全国ロードショー中
配給:東宝 ギャガ
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