フィクションと現実世界を融合させる試み
Q:今回の作品では、かつて日本軍がシンガポールを占領した戦争の歴史も描いています。今回その要素を作品に入れた意図は何でしょうか?
クー:この映画の大きなテーマは「和解」、そして「許し」です。ですからシンガポールに実在する戦争博物館のシーンはスタッフと話し合った上で是非入れたいと思いました。実は劇中に出てきた戦争博物館は2017年にある事情で再オープンしました。以前は「昭南ギャラリー: 戦争とその遺産」( Syonan Gallery: War and its Legacies)という名前でしたが、「昭南」は 日本軍が占領していた時のシンガポールの呼称だったんです。その名前に地元の人たちが反発し「日本の占領を生き抜いて:戦争とその遺産」(Surviving the Japanese Occupation: War and its Legacies)という名前に変わりました。シンガポールでも若い世代はそういったことをあまり知りません。
今回斎藤工さんには実際にその博物館を見てもらいました。実はそのシーンの脚本には「真人が戦争博物館に行く」としか書かれていませんでした。 実際に彼は初めてその博物館に行ったのですが、全てを見終わった時には顔が真っ青になっていました。彼は私の手を握って「本当に申し訳ない。私は何も知らなかった」と言いました。その日の彼は一日中何かにとりつかれた様な感じでした。そんな体験があったからこそ、劇中で自分の祖母がなぜ日本人である自分につらい態度をとるのか理解して、 主人公になりきって演技が出来たのだと思います。
Q:とてもドキュメンタリー的な映画作りですね。斎藤工さんがシンガポールの歴史を理解することで、シンガポール人である祖母の気持ちを理解していくというのはストーリーと全く同じですね。
クー:その通りです。彼は非常に繊細でとても理解力のある人なので、効果的だった思います。とても感動的でした。
Q:他の役者さんの演技でも、アドリブ的な演出は取り入れているんですか?
クー:アドリブはとても多いです。物語の核心に触れてしまうので詳しくは言えないのですが、クライマックスで、あるハプニングを取り入れたシーンがとても感動的でした。スタッフも全員泣いていました。セリフで色々な感情を表現できますが、もしセリフを言わずに心情を伝えられる効果的なショットが取れたとしたらそれに勝るものはないと思います。それが成功した稀有なシーンだと思うので、是非見て頂きたいです。
Q:これから映画をご覧になる日本の観客にメッセージをお願いします。
クー:ちゃんと食事をしてから映画見てくださいね。そうしないとお腹が空いてしまいますよ(笑)。作った私たちもとても愛情を感じている作品です。仕事と言うよりは、「愛」でできている映画です。素晴らしい料理を映画の中でたくさん用意していますので、是非堪能してください。
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監督:エリック・クー Eric Khoo
映画製作会社Zhao Wei Films主宰。カンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三大国際映画祭で作品が上映された初めてのシンガポール人監督であり、急成長中のシンガポール映画界の存在を世界に知らしめた第一人者。シンガポールの文化勲章、フランスの芸術文化勲章シュヴァリエを受章。
1965年、シンガポール生まれ。オーストラリアのシティ・アート・インスティテュート(現ニューサウスウェールズ大学アート&デザイン学部)で映画製作を学ぶ。多数の短編を監督したのち、ミーポック(シンガポールの麺料理)売りの青年と娼婦の愛を描いた『Mee Pok Man』(95)で長編デビュー。高層マンションの住人たちの24時間を描いた長編第2作『12 Storeys』(97)がカンヌ国際映画祭・ある視点部門で上映されて以来、同映画祭の常連となる。第3作の真実の愛を探し求める3人の男女の物語『Be With Me』(05)は監督週間オープニング作品に選ばれ、続く第4作のインド系マジシャンと幼い息子の父子愛を描いた『My Magic』(08)はパルムドール候補となった。その他、『TATSUMI マンガに革命を起こした男』(11)では劇画の創始者、辰巳ヨシヒロの人生とその作品を斬新なアニメーションで表現。シンガポール・香港合作の『In the Room』(15)では、老舗ホテルの一室を舞台に6つの時代に6組のカップルが愛を交わす様を描き、センセーションを巻き起こした。
また、プロデューサーとして後進の育成にも積極的に取り組み、ロイストン・タン監督の『15』(03)や『881』(07)、ブライアン・ゴートン・タン監督の『Invisible Children』(08)などを製作。さらにアジアを代表する監督・プロデューサーとして、齊藤工を含む6カ国の監督が参加するHBOアジアのホラーシリーズ「FOLKLORE」(18)のショーランナーを務める。
取材・文:稲垣哲也
TVディレクター。マンガや映画のクリエイターの妄執を描くドキュメンタリー企画の実現が個人的テーマ。過去に演出した番組には『劇画ゴッドファーザー マンガに革命を起こした男』(WOWOW)『たけし誕生 オイラの師匠と浅草』(NHK)など。現在、ある著名マンガ家のドキュメンタリーを企画中。
『家族のレシピ』
3月9日より東京・シネマート新宿ほか全国でロードショー
公式サイト:https://www.ramenteh.com/
(c) Wild Orange Artists/Zhao Wei Films/Comme des Cinemas/Version Originale