2017.12.23
“ロックンロール”を生み出した魔法のひと言
さて、先ほど挙げたセリフ「リズムはブルース、Bで入って合わせてくれ」に話を戻そう。劇中のマーティは、本人が気づくことなく50年代のアメリカにロックンロールをもたらしたわけだが、このセリフはわれわれ観客にとっても、ロックンロールの基本が凝縮された素晴らしい一文なのである。
もしマーティがバンドに「ジョニー・B・グッド」を演ると言ったとしても、当然ながら通じなかっただろう。1955年にはまだ誰も知らない曲だからだ。そこでマーティは、バンドの面々に「リズムはブルース、Bで入って合わせてくれ」と指示を出すのだ。
日本語字幕ではいささか意味が違ってしまっているので原文を記す。マーティは「This is a blues riff in B. Watch me for the changes and try and keep up, okay?」と言っている。直訳すると「ブルースのリフをBのコードで弾くから、あとはコードが変わるのを見て付いてきて」となる。
よく映画で、登場人物の誰も知らないはずの曲を一緒に演奏したり、歌ったりするシーンがある。ミュージカルならしょうがないが、唐突すぎて「いつの間に曲を覚えたの?」と戸惑ってしまう作品も少なくない。しかし『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のこのケースでは当てはまらない。なぜなら本当に、このひと言だけでバンドは演奏できてしまうからだ。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(C) 1985 Universal Studios. All Rights Reserved.
専門的なことをなるべく省いて説明すると、マーティが“ブルース”と言った時点で、バンドはコードが3つしか出てこない曲だとわかる。それが“ブルース”という形式の基本パターンだからだ。最初のコードがBならば、おのずと残りの2つのコードもわかるし、コードが変わるタイミングも簡単に把握できる。バンドにしてみれば、お決まりの進行に沿って演奏すればいいだけなのだ。しかしそれと同時に、彼らは聴いたことがなかったチャック・ベリー流のロックンロールの速いリズムとビートに初めて触れて興奮するのである。
厳密に言うと、映像ではマーティはBのコードを弾いているのに、実際に鳴っている音はBフラットだったりする奇妙さはある。チャック・ベリーのオリジナルもBフラットなのだが、おそらくセリフをシンプルにするために「B」と言っているのではないか。でもそれは“映画のウソ”ということで許そう。いまここで強調したいことは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がわれわれ観客にまでロックンロールを演奏する喜びと間口の広さを教えてくれる傑作である、ということだ。
私事で恐縮だが、筆者は十代の頃に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観てギターを始めた。件の「ジョニー・B・グッド」のシーンが本当に楽しそうに見えたからだ。自分だけでなく、本作でロックンロールやギターの魅力に目覚めたという話は少なからず耳にする。それはきっと、みんな目撃したからに違いない。マーティのあの短いひと言が、魔法のように“ロックンロール”を生み出す瞬間を!
文: 村山章
1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
ブルーレイ (1,886円+税)
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
製作年・製作国:1985年
収録時間:116分
DVDレイヤー:片面2層
カラー:カラー
パッケージサイズ:BD用トール
画面サイズ:ビスタ・サイズ
画面アスペクト:16:9
リージョン:ALL
商品仕様(字幕):
1:日本語字幕
2:英語字幕
3:解説用字幕
4:日_吹字1
5:日_吹字2
音声:
1:日本語 5.1ch DTS Digital Surround
2:日本語 2chステレオ Dolby Digital
3:英語 5.1ch DTS-HD Master Audio
4:音声解説 2chステレオ Dolby Digital