2017.08.07
『インヒアレント・ヴァイス』に伝説の作者が登場?
原作者の映画出演といえば、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『 インヒアレント・ヴァイス』(14)でも非常に大きな注目が集まった。 というのも、出演者の一人がメディアの取材で「原作者のトマス・ピンチョンがカメオ出演している」と語り、ファンが一斉に映画の中の「ピンチョン探し」に情熱を向け出したのだ。それもそのはず、現代米文学の巨人とも言われる彼は全く公の場に出ない人として知られている。その姿を確認できるものも50年代に撮られた写真一枚のみ。もしも映画本編に姿が映っているのだとしたら、たとえ一瞬のカメオ出演であったとしても大・大・大ニュースなのである。
本作をめぐってはポール・トーマス・アンダーソンによる脚本をピンチョン自身が非常に高く評価していたとも噂されている。故ロバート・アルトマンなどの巨匠とも非常に深い絆を築いてきたアンダーソンであるから、ピンチョンとこれらの信頼関係を築き上げることも、彼ならば十分あり得る話。その上でのカメオ出演となると、あの伝説の作家が初の映像化作品にお墨付きを与えたという確証がますます強まることとなることは言うまでもない。
しかし、話はこれで終わらなかった。ネットなどで「この人物こそピンチョンなのでは?」と言われていた人物が「私は違う」と名乗り出た上に、彼が「どうやらピンチョン氏のカメオ出演はなかったようだ」と語ったりしたものだから、状況は一変。何が真実なのか皆目見当がつかない状態となった。
その後、アンダーソンや映画スタジオ、ましてやピンチョン自身から正式なコメントが出されることもなく、本作でホアキン・フェニックス演じる私立探偵が扱う難事件みたいに、事の真相は深い深い霧の中へ。こういう適度な“謎っぽさ”が映画のテイストと絶妙にマッチしているようにも感じられる。
かくも作家本人の映画出演は、時に様々な話題を巻き起こすものである。アーヴィン・ウェルシュに至っては続編『 T2:トレインスポッティング』(17)でも同じ役を演じているし、一方のトマス・ピンチョンは今回の一件でますますもってその不可侵でミステリアスな存在を決定づける結果となった。
『トレインスポッティング』も『インヒアレント・ヴァイス』も、他者を寄せ付けぬ気迫を持った非常に優れた映画だ。と同時に、これらがいずれも作家たちの存在感を否応なく高めているのは確実。いわば、作り手や出演者のみならず、「原作者の勝利」とも言えるのかもしれない。
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
『トレインスポッティング』 DVD ¥1,429 +税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
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