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『ビューティフル・デイ』監督リン・ラムジーの苦悩と再生から見えてくるもの

『ビューティフル・デイ』監督リン・ラムジーの苦悩と再生から見えてくるもの


ラムジーからホアキンへ。ギリシアからの電話



 撮影前、二人のやりとりは主にメールで行われていたようだが、いざリン・ラムジー監督と初めて電話で言葉を交わした時、ホアキンはことのほか、彼女が何を言っているのか理解できなかったという。喋っているのは同じ英語のはずなのに。


 その理由は、彼女の持ち味でもあるスコットランド(グラスゴー)訛りにあったとも言われるが、他方、ラムジーがギリシアから電話をかけたことで回線が不安定だったからとも言われている。


ん、ギリシア・・・?


 なぜ、彼女はこの地からホアキンに電話をかけたのだろう。油断していると我々マスコミ人もつい読み流してしまいそうな箇所だが、しかし海外メディアのインタビューをチェックしていくと、ここから興味深い事情が明らかとなっていく。




撮影初日に降板を決意した『ジェーン』の舞台裏



 もともとリン・ラムジーは寡作な監督として知られてきた。しかしこの数年間、ラムジー監督はその印象を大きく覆すかのような勢いで、これまでになく精力的に映画製作に身を投じてきた。彼女が情熱を注いできたのは”Jane Got A Gun”という作品。主演にもナタリー・ポートマンを始めとするビッグネームが並ぶ。まさにラムジーにとっても勝負の一本となるはずだった。


 西部劇ゆえ、乗馬や銃撃に伴う特殊な撮影技術も必要となる。本作には大勢のスタッフが集められて、撮影開始に向けて誰もが全力を尽くしていた。すべての準備が整い、さあ、撮影初日。しかし肝心のリン・ラムジー監督は現場に現れなかったという。それから突然の降板の発表。プロデューサーは烈火のごとく怒り、現場は大きな混乱に包まれた。


 一体どうしてこのような事態になったのか。すべてはラムジー監督とプロデューサーとの確執にあったようだ。彼女が心底惚れ込んだ脚本のビジョンが、このプロデューサーによってどんどん捻じ曲げられていき、それがついに看過できないレベルにまで達したとのこと。すべては一夜にして起こったのではなく、ずっと積もりに積もってきたものが撮影開始というタイミングでついに爆発したという背景のようだ。




 このトラブルは訴訟沙汰にも発展し、プロデューサーとラムジーの激しい応酬が続いた。結果的に和解が成立し、その後、映画はギャビン・オコナーが代打監督となって『 ジェーン』(16)として完成した。


 彼女は確かに、一人の表現者として“譲れない一線”を守った。そこに共感し、彼女の決定を支持する映画人やファンも多いだろう。


 だが、降板してしまったことはまぎれもない事実であり、このような事態を引き起こした彼女には、悪評が広がることで今後もう二度と映画が撮れなくなる可能性すらあった。


 私生活ではパートナーとのすれ違いが多くなり、離婚を決意。類まれなる不屈の精神を持つラムジーだが、一連のトラブルは心身を疲れさせた。彼女が救いを求めるようにギリシアへ旅立ったのは、それからしばらく経ってからだった。



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