©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved.©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions
『ビューティフル・デイ』カンヌ二冠(男優賞、脚本賞)。論理的な理解を超え、観る者の感性をダイレクトに揺さぶる映像世界
2018.06.07
『ビューティフル・デイ』あらすじ
元軍人のジョーは行方不明の捜索を請け負うスペシャリスト。ある時、彼の元に舞い込んできた依頼はいつもと何かが違っていた。依頼主は州上院議員。愛用のハンマーを使い、ある組織に囚われた議員の娘・ニーナを救い出すが、彼女はあらゆる感情が欠落しているかのように無反応なままだ。そして二人はニュースで、依頼主である父親が飛び降り自殺したことを知る―
Index
最強の武器はハンマー。それが与える感覚的な凄み
暗闇を切り裂く一瞬の閃光。この映画にはそんな言葉がぴったりだ。徹底して甘さ控えめ。ビターを超えたドライ。いざホアキン・フェニックス演じる元海兵隊員の男がハンマーを持ち出したなら、それは彼が本気になった証拠でもある。彼は静かに怒っている。そして仕事とはいえ、捜索願いの出ている少女たちを必ず探し出し、無事救出するために全てを投げ打つ覚悟だ。被害は厭わない。犯行グループには血なまぐさい鉄槌が下されるだろう。果たして彼をこれほどまでに突き動かすものは一体何なのか?
映画史上、格闘シーンにハンマーを持ち出した主人公はどれほど存在するのだろう。記憶に強く刻まれている例だと、パク・チャヌク監督が手がけた2003年の韓国映画『 オールド・ボーイ』がある。この中で主演チェ・ミンシクは、真っ黒い衣装にボサボアのヘアスタイル、その片手にハンマーという出で立ちで、行く手をふさぐ何十人もの有象無象をたった一人で粉砕していく。その形相はまさに鬼神のようだった。
一方、本作のホアキン・フェニックスは長髪を後ろで束ね、顔面の半分はヒゲモジャで覆われ、さらには元海兵隊員とは思えぬほどのプロレスラーのような体型(本作の撮影後、彼は”Mary Magdalene”という作品でキリスト役に挑んだ)。その姿が暗闇からヌッと現れると、誰もがぎょっと胆を冷やすはず。
『ビューティフル・デイ』©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved.©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions
ハンマーが与えるインパクトも、ちょうど彼の佇まいと似ている。その形状と重みを目にしただけで、誰もが鈍い痛みをジワジワと受け止めるはず。まさにこれは銃で吹っ飛ばすよりも、刀で斬りつけられるよりも「痛み」をビジュアルで伝えるのに秀でた武器といえよう。
さらに原作小説を紐解くと、ジョー自身、幼い頃に父親から日常的に虐待を受ける中で、ある日、ハンマーで殴りかかられ、恐怖のあまり気を失ったという記述まで登場する。つまり本作でこの武器が映し出される時、観客はまず視覚的な痛みを感じ、そこで相手が被るであろう肉体的ダメージを感じ、さらに原作を知る者は、寡黙なジョーの内側で声にならない悲鳴が反響するのを濃厚なまでに感じとらずにいられない。かくもこの武器は本作において三重の戦慄を生じさせる、非常に「感覚的」とも言えるアイテムなのだ。