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『ビューティフル・デイ』カンヌ二冠(男優賞、脚本賞)。論理的な理解を超え、観る者の感性をダイレクトに揺さぶる映像世界

『ビューティフル・デイ』カンヌ二冠(男優賞、脚本賞)。論理的な理解を超え、観る者の感性をダイレクトに揺さぶる映像世界


感性揺さぶる描写を生み出す、リン・ラムジー流の監督術



 この「感性に訴えかける」ラムジーの方法論を知る上でもう一つ重要なことがある。ホアキン・フェニックスによると、ラムジー監督は常に、自ら登場人物になりきって「彼/彼女は何を感じ、どう考えるだろうか?」と追究を繰り返すのだか。


 妥協は一切しない。撮影現場では疑問が浮上するたびに、それほど余裕がないにもかかわらず、彼女は役者やスタッフとじっくり話し合い、そして何よりも時間をかけて「登場人物になりきって」考える。ホアキンがハンマーを振り上げるシーンでは、彼女もまたホアキンと共にハンマーを振り上げ、それがどれくらいの重さでどんな感じがするものなのかを一緒になって確かめる。そうやって初めて、胸のうちに去来するものを見つめることができるのだ。




 また、本作の中盤にはホアキンが水中に身を投じる場面があるが、このシーンでもラムジーは役者ただ一人を水辺に追いやることなく、自らも零下ともおぼしき水中に体を浸し、どこまでも役者と共にあり、登場人物のことを理解しようと努めたという。


 そういえば、かつて彼女が『 モーヴァン』(2002)を撮った時、撮影現場で裸体になるのをためらいがちだった若手女優の心境に寄り添うべく、自らも率先してトップレス姿になったこともあったとか。


 世の中には客観的に現場やストーリーを俯瞰するタイプの監督もいれば、ラムジーのようにとことん登場人物の主観へ身を投じる監督もいる。役者ひとりに任せきりにするのではなく、自らも率先してその心境や状況に身を置き、そこで心の中にどんな思いや感覚がよぎるのかをしっかりと見極める。


 こうやってとことん登場人物と同じ目線に立って感性を共有しようとするところがラムジーの共感力の源でもあり、表現者としての凄みでもある。それゆえ役者からの信頼が一層厚くなるのは当然のこと。そして観る者も、主人公が体験した感性を追体験しながら、この暗闇の中の閃光のごとき物語を、ゆっくりと泳ぎ渡ることができるようになる。




 これは現在を救い、過去をも救おうと、必死に手を伸ばす男の話である。克服できないトラウマ。救出すべき少女。ともに苦痛を生き抜いてきた母親。自分など初めから存在しないのだという思い。そして手元で握り締められたハンマー。いまその全ての要素がひとつになって、混沌の中から新たな感性が生まれ出ようとしている。それこそが映像作家リン・ラムジーの描きたかったこと。なるほど、言葉では容易に伝えられないからこそ、映画を撮る意義が芽生え、その土壌に彼女にしか成しえない唯一無二の「感性の物語」が育っていく。それこそが本作の正体と言えるのかもしれない。


 だからこうやって本稿のように言葉で語っているうちは本作を理解したことに到底なりえない。まずは実際に観て、体で受け止めて、それから心でこの映画を感じてほしい。『ビューティフル・デイ』はそうやって初めて抱きしめることができる作品なのだ。


参考:

https://www.theguardian.com/film/2018/feb/25/lynne-ramsay-director-you-were-never-really-here-observer-interview

https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/features/lynne-ramsay-you-were-never-really-here-joaquin-phoenix-ratcatcher-morvern-callar-samantha-morton-we-a8242406.html

https://www.rollingstone.com/movies/features/you-were-never-really-here-joaquin-phoenix-lynne-ramsay-interview-w518613

http://www.indiewire.com/2018/04/you-were-never-really-here-how-lynne-ramsay-joaquin-phoenix-jonny-greenwood-interview-1201949627/



文:牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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作品情報を見る


『ビューティフル・デイ』

新宿バルト9ほか全国公開中

配給:クロックワークス

Copyright ©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved.

©Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

©Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved.


※2018年6月記事掲載時の情報です。

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