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『ビューティフル・デイ』カンヌ二冠(男優賞、脚本賞)。論理的な理解を超え、観る者の感性をダイレクトに揺さぶる映像世界
2018.06.07
省略されることで鮮烈な印象を残すバイオレンス
本作『ビューティフル・デイ』はストーリーを細かく、丁寧に説明するような野暮なマネはしない。むしろ映画ならではの話法で、イメージとイメージを巧みに連動させながら、我々の「感性」に向けて強く訴えかけてくる。ハンマーひとつで様々な感情を刺激するのも、その好例と言えるだろう。
だが、いざ戦闘シーンになると面白いことが巻き起こる。リン・ラムジー監督はジョーが口を真一文字に結んで敵の巣窟へと突入し、ハンマーを力の限り振り下ろす過程を、驚くほど「見せない」のだ。実際には目を覆うばかりのバイオレンスが発動されているはずだが、相手が粉砕されていく様は一部がモノクロの監視カメラ越しに映るだけで、我々観客にはほとんど提示されない。彼が通り過ぎるとそこには血まみれになった敵が横たわり、つまるところ「攻撃前・後」の描写で映像の呼吸が紡がれていくのである。
『ビューティフル・デイ』予告
そこでは引き算の美学も相まって、ラムジーならではの感性に訴えかける方法論が物の見事に炸裂している。バイオレンスの前と後を描くことで、なぜか観客の感性はいっそう刺激され、自ずとその欠落部分を想像力で補ってしまう。それも実際に起こっていること以上の、容赦ない強烈なものとして認識してしまうのだ。
この「引き算」をあまりに多用しすぎると表現の逃げとも取られかねないし、ひとつ計算を間違えると観客の感性のスイッチを押し損ねてしまうことだってあるだろう。だがこれを見事な采配でまでにやり遂げてしまうのがリン・ラムジーの凄いところ。もちろんそこでホアキンの鬼気迫る存在感とジョニー・グリーンウッドのソリッドな音楽が相まって、この感性のコラボレーションが類い稀なる相乗効果をあげていることは言うまでもない。